「隕石が落ちたら恐竜が絶滅するだろうが!」と騒ぐタイプのひとがいるが、別に恐竜が絶滅しても世の中は回る

マガジンサミットという媒体でcinema staffの三島と連載的な対談が始まった。今週より毎週記事が上がっていき、話す相手が変わったりもする。

『さよなら、バンドアパート』の話を中心にわりと仕事ライクな内容になっている。

インタビューというのは大体が新譜や今のバンドの状況の話になる。

もちろんそれら音楽性、作品性の話も面白いのだが、今回の企画のような「バンドマン」という職業、というかライフスタイル的な内容は珍しくて良いと思う。

個人的にフワッとした話の方がいろんなひとが読めるのではないかと思っているので、こういうテーマでの取材がもっとあればやりたい。

自分と違う生き方のひとが、どんな考え方や価値観を持っているのかというのは知るだけでも楽しいものだ。

三島と最初に出会ったのはもう15年前ぐらいになるが、僕たちは音楽業界という「ほぼ無理ゲー」みたいなオーシャンに飛び込み、まぁ、引退せずに泳いでいれている。奇跡かと言われたら奇跡だし、覚悟さえあれば誰でもできるようにも思う。

cinema staffは若い頃から結果を出していたが、僕の場合は自分の力が優れていたと感じるタイミングは少なかった。

崖を登るパワーもなければスピードもなかった。というかただただ他にやれることがなかった。だけど別の生き方をする選択肢が存在しなかったのが幸いしたのかもしれない。そして決定的なのが僕は、いわゆる「安定」に価値を感じていなかったことだ。

むしろ不安定な方が安心していたように思う。

僕は「1999年に世界は終わる」と言われていたほうが生きやすい子どもだった。

『終末を設定してもらわないと気が狂いそうになる病』なんてものがあるのかは知らないが、あなたにもその節はないだろうか。

実際、マリッジブルーというのがあるし、公務員ブルーというのもあるらしい。

「あぁ、一生このままなのか……これでいいのかな」という漠然とした虚無感だ。

「もうここではないどこかに行く機会が失われ、今ではないいつかは一生来ない」と考えると怖くなったことがあると思う。何かを食べているのだが、歯ごたえも味覚も吹き飛んだような感じがしてくる。

僕は平均よりも「一生このままよ」が怖くなる性質なのだろう。というよりこの世は諸行無常なはずなのに、無理にそれを保っていることは奇怪にすら感じる。

「いつか何かしらの力が働いて終わるよーん」ぐらいのもので構わないのだが、日常にはどこか「不安定」な要素がほしい。

実際にグラグラじゃなくてもいいのだ。「もしかしたらヤバイことが起きるかも……!」ぐらいで全然足りる。あくまで可能性が0%なことにため息が出るのだ。じゃないと日々のありがたみが薄れる。というより「ヤバくなる可能性」なんて全然0%じゃないはずだ。

たとえば「世界中に未知のウイルスが蔓延する」なんて本当に想像の範疇を超えていたことだろうか。歴史上、何度も起きたし、SFのシナリオでもベーシック気味な内容だ。だけど僕も含めてだが、そんなことを想定せずにみんな日々を送る。

「毎日が続く強度というのは想定より甘い」

これが現実なんじゃないだろうか。でも僕たちはそんなことを考えもしないで生きてしまう。

だから僕は少し不安を抱えていたい。そのほうが安定しているより実像に近い気がする。

ノストラダムスだけではなく、オウム、震災、リーマンショック、ウイルス騒動が持つ「終末感」というのもどうにもゆるい。コロナ禍ですらも日常化してしまった。

歴史的事件は降り注いだときのインパクトは凄まじいが、いつも炸裂してからだ。実際にヤバくならないと「大丈夫っしょ」で楽観に流されてしまう。

比べて「音楽」の持つぼんやりした不安定さは一際上級に思う。やっているだけで妙に不安だ。

このウイルス騒動で多くの業種が打撃を受けたが、音楽業界におけるダメージは他業種の比ではない。退場したミュージシャンも数多い。特に元々安定志向が強かったひとが辞めてしまった。

きっと【そもそも音楽やってて不安×決定打】というかけ算が働いたのだ。トドメを刺された感覚だろう。

もちろんコロナにおける打撃がポジティブなはずはないのだが、仕事によってはどうだろう。

テレワークの促進など働き方改革に一役買ったかもしれないし、無駄なコストをカットできたかもしれないし、本を読む時間や自分の生き方を見つめ直すキッカケになったひともいると思う。これは悪いことでもない。

すべての物事には良いことも悪いこともある。

悲劇により世の中が終わるということもない。リーマンショックの後に暴落した株価も数年経てば、蘇っていった。

「隕石が落ちたら恐竜が絶滅するだろうが!と騒ぐタイプのひとがいるが、別に恐竜が絶滅しても世の中は回る。

世界は普通に現代までしっかり成立している。世の中は何だかんだ回り続けるのだ。

そう思うとやるせなくもなる。

結局、何をしても続くのだから「終末感」というドキドキ程度のものを、僕は暮らしに一粒混ぜておきたい。

そんなよこしまな要素がある一定量あったから、音楽は続いてきたし、本は売られ、映画になり、このnoteは書かれている。


音楽を作って歌っています!文章も毎日書きます! サポートしてくれたら嬉しいです! がんばって生きます!