見出し画像

企画とは、初対面で渡すラブレター。漫画編集者・千代田修平さん【漫画のTAKURAMI】

​​「TAKURAMI STORY」では、商品、映像、音楽、写真、物語など世の中にワクワクする企画を提案してきた方々をお招きし、業界や肩書に捉われず、その企みを紐解きます。小学館・マンガワン編集部の千代田修平さんが登場。

私たちの身の回りには、「面白い」と話題になる漫画、映画、テレビやYouTube番組が、溢れています。

2022年4月に完結を迎えた、作者・魚豊の漫画『チ。―地球の運動について―』もそのひとつ。300万部の話題作になり、同年6月にアニメ化も決定しました。

担当編集者だった千代田さんは、「僕が思う『面白い漫画』とは、読み終わったあとに新しい価値観へと更新されたり、作品を読む中で自分以外の外部と出会える作品のこと」と言い、同作については「理想的な形で取り組むことができた」と語ります。

漫画しかり、面白い作品を生み出す人は、どんなことを大切に企画しているのだろう?

現在はマンガワン編集部で、『日本三國』『ヒソカニアサレ』『異世界ありがとう』『レ・セルバン』の編集を担当する千代田さんは、企画を「初対面で渡すラブレター」と捉えていると言います。

その根本には、価値観も立場も異なる作家と「フラットな関係性で作品を作りたい」という思いがありました。

企画とは、初対面で渡すラブレター

──編集者と作家で漫画を作っていく最初のステップとして、作家が出版社に持ち込みをしたり、編集者が作家をスカウトしたりと、いろいろな形があると思いますが、千代田さんはどんな形から作品を立ち上げることが多いですか?

企画を立ち上げるケースだったら、僕の場合、すでに他誌で連載されている作家にお声がけをして始まることが多いですね。まずは、SNSのDMなどで連絡を取って会う約束をし、一番最初に会いにいくときに企画を携えて行くパターンが多いです。

──その携えていく企画とは、どういった内容なのでしょう?

含まれている内容は大きく3つあります。ひとつ目は、自分が何者なのか、ふたつ目は自分が思うその作家の魅力、最後は「だから一緒にこういうことをやりませんか?」という提案です。

「僕はこんなものを格好いいと思っていたり、面白がったりする人間で、その上で〇〇さんの作品のこういう部分がすごいなと感じています。〇〇さんは前作はスポーツ漫画を描いていたけれど、1対1のバトルやアクションも描けると思ったので、今回は思い切ってファンタジーバトル漫画をやりたいです!」

伝え方としては、簡略化するとこんな感じですかね。この3点をしっかり考え抜いて本気で伝えることを、「初対面で渡すラブレター」のように捉えてやっています。それが僕にとっての企画です。

“座標”を示せば、感覚のすり合わせができる

──千代田さんが「初対面で渡すラブレター」と言うくらい、作家に自分の価値観や思いを伝えることを大切にされるのは、どういった理由からですか?

例えば、新しく担当になった編集者が、何も自己開示をしていない状態で作家の作品に対して「この作品のここがつまらないと思う」と感想を言ったり、「もっとこうした方がいいと思う」と提案したりしても、作家からすれば納得できないわけです。「あなたの面白いと私の面白いが一致しているとは限らないので」と互いの感覚の違いで話し合いが終わってしまう。

意見を言うなら、根拠を示さないといけない。根拠を示すことができないなら、せめて自分の価値観を示す。僕はそれを“座標”と呼んでいて、自分がどんなものを面白いとかかっこいいとか思っている人間なのかを作家に伝えることで、はじめて打ち合わせが成立すると思っています。

──座標を共有することで、作家と編集者との間にどんな変化が生まれるのでしょう?

「面白い」や「かっこいい」といった、感覚的な部分のすり合わせができます。さっきと同じ「この作品のここがつまらないと思う」という感想を伝えたとしても、こちらの意見を受け止めてもらった上で、話し合いを進めていくことができるんです。

「〇〇や〇〇を面白いと思っている人だから、こういう展開はつまらないと思うんだな」とか「あなたのつまらないは理解した上で、私はこういうふうに解釈していますよ」というふうに、座標を共有することは、伝えられた相手の中に変化を生んだり、相手から意見を引き出したりするのを助けてくれます。

──座標の共有は、決して自分の意見を押し通すためのものではなく、むしろ、互いの感覚の違いを乗り越えて建設的な対話を生むのに不可欠なんですね。

そう考えています。僕が自己開示することを大切にするのは、作家に僕の意見をフラットに受け取ってほしいから。編集者と作家の関係性って、新人作家の場合は特にですけど、対等になりきれないことが多いんです。それは、誌面などに掲載する許可を出すのが編集者側だからという、構造から生まれる問題なのですけど……。

でも僕個人としては、編集者より作家の方がすごい存在だと思っているし、「天才と仕事がしたい」という思いで編集者になった経緯があります。だから「自分の企画は最終的にボツになる方がうれしい」くらいの気持ちで、日々意見を交わしています。

他者という「外部」に向き合い、面白い漫画をつくる

──作家とフラットな関係性での作品づくりを大切にされる千代田さんですが、ご自身の中で「こんな漫画をつくりたい」と理想とするものや、思いはありますか?

これは作家に強要するものではないですが、僕は面白い漫画と気持ちいい漫画の2種類があると思っていて、自分がつくりたいのは面白い漫画の方ですね。「面白い」「気持ちいい」を分けるものはなにかというと、“外部”が存在しているかどうか。外部というのは、他者の存在だったり自分とは異なる価値観のもののこと。

読者は外部と相対することで、読んでいる中で必ずしも気持ちいい思いができるとは限らないし、なんなら辛くなっちゃうかもしれないけれど、読む前と後では自分の価値観が刷新されて世界の見え方が変わるような体験ができる。そんな漫画が僕は好きだし、面白い漫画だと思っています。

──千代田さんが面白いと感じる漫画と、作家との作品づくりにおけるスタンスは、「他者という外部を排除しないで向き合う」という点でつながりのあるものだと感じました。

言われてみるとたしかにそんな気がしてきますね。一方で、企画というのは、それが対作家であれ、所属する組織に通すものであれ、とにかく自分の心が起点となって生まれるものだから、まずは自分の心の中に燃えている炎がブレたりなくなったりしないようにすることが大切だと思っています。

他者を巻き込んで企画していくときに意識したいのは、どんどん大きくなっていく企画に自分の思いが一片でも含まれているのかどうか。そのためには、自分の炎を絶やさない努力が必要です。

──炎を絶やさないために、どんな努力をすればいいのでしょう?

とにかく、「自分がやりたいことはなんだっけ?」と振り返り続けることです。具体的なアドバイスとしては、ログラインをつくる、つまり、自分がやりたいことを1行で伝わる言葉にするのがオススメです。途中で別のアイデアが組み合わさったり、企画が一段階スケールアップしても、ログラインがどこに立ち返って企画していくべきかの指針となってくれます。

僕も、企画段階で1~2行でどんな作品か伝えることを意識していて、しかも、そのまま作品のキャッチコピーになっていることが多いんです。一石二鳥ですよね。例えば、現在マンガワンで連載中の『レ・セルバン』のキャッチコピーは「国を喪った王と記憶を喪った娘。歪な親子は、歪な世界を正すため旅に出る―――」で、これはほとんどログラインのまま。『チ。 ―地球の運動について―』は、「動かせ 歴史を 心を 運命を ――星を。」と「命を捨てても曲げられない信念はあるか? 世界を敵に回しても貫きたい美学はあるか?」のふたつで、企画段階とは言いませんがかなり早い段階でできていました。以後もこのログラインのノリに沿っているだろうか? とつどつど立ち返りました。

──現在、マンガワン編集部で4作の連載を担当される千代田さんですが、今後の展望はありますか?

僕はマンガワン編集部で働きたいという思いで就活で小学館を受けたんです。そういう前提があった上で、マンガワンで面白い作品をたくさんつくって、もっと面白い場にしていきたいというのが一番の思いです。

今はアプリで漫画を読む人が多い時代ですが、やっぱり「ジャンプ+」が圧勝している状況。でも中には、「ジャンプは最強だけど、自分は別の雑誌やアプリで描くのが合っているかも」と感じている層がいるはずなんです。マンガワンはそこで選ばれる場になりたい。もっというと、ジャンプがそうであるように、新人作家が「ここで漫画を描きたい!」と思える場にしていきたいですね。新たな才能をお待ちしております。

■プロフィール

千代田修平
1993年生まれ。東京大学を卒業し、2017年に小学館に入社。小学館では『ビッグコミックスピリッツ』で『チ。―地球の運動について―』などの担当編集を経て、2020年からマンガワン編集部に在籍。現在は、『日本三國』『ヒソカニアサレ』『異世界ありがとう』『レ・セルバン』の4作を担当編集。毎週水・土にラジオ『夢遊東京』も配信。Twitter @cyd____

取材・文:小山内彩希
撮影:石川優太
編集:くいしん