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映画「透明人間」が描き出した、見えない存在の恐怖

2020年、さんざん擦られ続けてきた
「透明人間」の設定で、作られた本作。

U-NEXTで2回、見て来ました。

どんな映画かというと、
天才科学者のDV夫と
離婚して自由になりたい妻の
異常な「夫婦喧嘩」の話です。

なんてことのないストーリーですが、
本作は見所満載です。

この記事では、

・ないものをあるように見せる空間を使った演出術
・全てを失った女性が使う切り札のグロさ
・現代社会に通じる「見えないもの」の恐怖

の3点に絞って
ネタバレ無しでご紹介してきます。

天才科学者の異常性

夜中の3時42分。
冒頭の主人公セシリアが
自宅から脱出する場面。

海に面する断崖の近くにある豪邸。

寝室で、夫の手を払いのけるところから始まります。

©️Universal Pictures

計画は万全。
監視カメラの角度を変え、夫の様子を見えるようにして、
それ以外の防犯システムを解除する。

事前に連絡していた妹のエミリーが
車で迎えにくる手筈。

しかし不意に鳴ってしまった警報により
夫が気づいて追いかけてくる。

なんとか妹の車に乗れたものの、
夫も追いついてくる。

©️Universal Pictures

助手席の窓ガラスを素手で割って、
妻を捕まえようとするところ。

この時点で夫のエイドリアンが
異常なやつだというのが示されます。

命からがら逃げ出して来たセシリアは、
妹の旦那の家(妹夫婦も別居中)で、
ほとぼりが冷めるまでにおいてもらうことに。

数日後、DV夫のエイドリアンが
自殺したとのニュースが流れます。

「よかった」と安堵するセシリアの家族。

しかし本人は
「あいつが自殺するはずがない。
どこかで私を狙ってる。」と。

ここで「透明人間」の存在を匂わせます。

セシリアは、まだ夫が透明人間になれるなんて知らない。
現実に透明人間がいるのかもわからない。

でもあいつなら、どんな手を使っても、
透明になって私を追ってくるはずだ。

その不安を、私たちも一緒に味わうことになるのです。

そこには、なにもいない。


どこかに、いるかもしれない。
という緊迫感が映像から滲み出てくる。

精神状態も少しづつ回復してきたセシリア。

ある夜、背後に視線らしきものを感じます。

振り返ると

©️Universal Pictures

なにもいない。

朝食を作っている時、
姪っ子を起こしにいったとき、
作りかけのベーコンエッグが

©️Universal Pictures

戻ってくると炎上してる。
この時点ではまだ、透明人間の仕業だと断定できない。

またある夜、
足音がした、気がするセシリア。

いるのか?怯えなが足音の正体を探す。
カメラがパン(横移動)したその先には、

©️Universal Pictures

なにもいない。

しかしよく見ると、真ん中が少し凹んでる・・・?

・・・というような具合で、
「見えないけど、そこにいる」感じを
巧みなカメラワークと演出で醸し出し出す。

映画の演出として
普通カメラがパンしたら、
必ずそこに注目すべき物や人が映されるはず。

人物が視線を送った先に
カメラを向けたら、なにかがあるはず。

そういうお決まりの演出手法を
うまくにずらし、怖さを表していく。

2回目に見て気づいたことなんですが、
このシーンのずっと前に、
すでに、奴はいました。

©️Universal Pictures

画像だけでは
うまく伝わらないかもしれません。

セシリアが夜、家の前に立っているとき、
画面左上、かすかに、
白い息だけが一瞬、出現します。

かなり微妙な吐息だし、ほんの一瞬のことなので
気づかない人もいるかもしれません。

みたいな具合に、
徐々に、うっすら、透明人間の存在が
浮き彫りになって行く。

こういう種類の恐怖が
今まで感じたことがなかったし
「透明人間」だからこそできる演出です。

セシリアが床に落ちたシーツを
持ち上げようとした時。

©️Universal Pictures

奴の登場シーンです。絶妙。

何かが乗っていてシーツが持ち上がらない。
たゆんだシーツの上に、
足跡らしきものがついて、
何かが近づいてくる。

めっちゃ怖いです。

やっぱりいる!

セシリアは大声で妹の夫と姪っ子を起こし、
「あいつが来た、シーツの上に乗った!」
と説明するが

透明人間なんているはずない。
精神が弱ってるから幻を見たんだろうと
誰も信じてくれない。

真実を知っているのは自分だけ。
一人で戦わなくてはいけない。

ここから、第二幕。
透明人間との対決が始まります。

透明には透明を。窮地の切り札のグロさ


見えない敵を相手にして、いかに戦うか。

物理的な対決もあるんですが(ここも超面白い)、
透明人間はもっと精神的に追い込む攻撃をしてきます。

セシリアになりすまして妹に嫌がらせメールを送ったり
姪っ子を殴ってセシリアのせいにしたり、
妹の首を・・・書かない方がいいでしょう。

「夫がやった!透明人間になってやったのよ!」
言い訳ももちろん通じず、
精神病院に入れられることに。

セシリアは
夫との子供を産んでしまうと
もう逃げられなくなると思ったので
避妊薬を飲んでいた。

夫はそれを知っていて、
子供が欲しかったので別の薬とすり替えていた。

そのことを、直前の面会で
夫の弁護士(夫の兄)に聞かされており
事実、セシリアは妊娠していたのです。

夫の兄がいうには、
「子供を産め。そうすれば許してやる。」

追い詰められたセシリアは決意します。

外から鍵がかかっている部屋。
あいつも必ずこの中にいる。

©️Universal Pictures

セシリアが打った手は、

©️Universal Pictures

仕込んでおいたボールペンで
自らの手首を切って、自殺を演出します。

©️Universal Pictures

狙い通り、ヤツが止めにきた瞬間
ボールペンで首元(と思われる)ところを
突き刺し、ひるませることに成功。

ここで、「透明人間」の正体が明らかになります。

どんな正体かは、
重要なネタバレになってしまうし、
この映画の肝の部分なので、詳しくは書きません。

「これだったら確かに透明人間になれるかも」
という、極めてリアリティのある正体でした。

もみくちゃになって騒ぎを起こし
精神病院の看護師、警備員がかけつけ、
騒ぎに乗じてセシリアは病院から逃げ出すことに成功しました。

この一連のアクションシーンは見事です。

©️Universal Pictures

↑のように物だけが動いてる不気味さとか最高なのですが、
本論とは離れてしまうので、割愛。

すごいと思ったのは、
セシリアが追い詰められて打った手が
そこにはまだいない「子供」を使ったという点。

時間、居場所、着るもの、話すこと、考えることまで
支配され、
全てを奪われた彼女に残された選択肢が
我が子を引き合いに出して脅すことでした。

考えてみると、かなりグロい。

それほどまで追い詰められていたというのもあるし
透明な相手に対抗できるのは、
まだいない子供(透明なもの)しかなかった。

自分の命もろとも、
未来の我が子の命を取引の材料にするしかなかった。

現代に潜む、透明な存在


本作は言ってしまえば
異常な夫婦喧嘩の話なんですが

「透明人間」と戦うことを通して
今日的なテーマにも触れていると思います。

姿や正体を一切見せずに
悪意を投げかける存在。

現在SNSで繰り広げられている現象と
重なるものではないでしょうか?

自分が見ていることを
相手に知られず見ている人たち。
匿名での攻撃。

その象徴としての「透明人間」の正体は、
しっかり、キモく作ってる。

ゾッとするくらいのキモい姿で
セシリアを追い回す様は、
現代の「一方的に見る」ことの危険性を
表しているんじゃないか、と私は思います。

それからフェミニズムについても。
先ほども少し触れましたが、
セシリアが「透明人間」と出会ったあと。

何を言っても周りの人間は
信じてくれなかった。

証拠もあるといっても取り合ってくれない。

むしろ、精神が病んでるから
おかしな物を見たのね、と優しさすら含んで
言ってることを信じない人たち。

このあたりも、
性被害、不公平を叫んでも
相手にしてくれない
今日の男性中心社会と重なってくる。

実際、セシリアが逃げた理由は
何から何まで支配されるから。

夫は今まで天才科学者として
完璧な人生を送って来たので
当然のように妻に完璧さを要求する。

資産をたてにして
圧倒的な権力を振りかざす。

物理的な筋力の優位性をいかして
強制的に従わせる。

閉じ込められた檻の中から叫んでも
耳を貸してくれない。

・・・まさに現代が孕む
フェミニズム問題そのものではないでしょうか?

解釈を広げすぎているかもしれませんが
異常な夫婦喧嘩を通して
今日的な問題も考えさせられます。

まとめ


冒頭でも触れましたが
「透明人間」という設定は、あらゆるメディアで
さんざん使われてきたもの。

そこから生まれる物語はもう出尽くしたのでは?
と言えるくらいの歴史の長さですが

本作は、現代になって使える技術と
巧みな脚本と演出によって
過去作をはるかに超えていると思います。

しかも今日的なテーマにも
おおいに踏み込んでいるので
重要な一作であることは間違いありません。

この物語がどう着地するのかは
あえて書かないでおきました。

あらゆる伏線を回収しつつ
しっかり想像を超えてくるラストは、お見事です。

あの食事のチョイスがキーだったとは。

最後のセリフも、気持ちいい!ってなります。

ぜひ、ご自身の目で確かめて見てください。

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