「いい空間とは何か」心動く空間の要素を考えてみた

良い空間が作りたい。
「良い空間を探すこと・作ること」は僕の趣味であり、常日頃あらゆる空間に行ってはその要素について考えている。

最近取材してもらったリノベーションのメディアで良い空間について話したので、補足としてnoteにまとめてみようと思う。



空間の力って偉大だ。
人は良い空間にいる時に、感度が上がり、日常の疲れやストレスをふと忘れたり、ほっとしたり、特別な気持ちになる。
良い空間は、僕らの生活を間違いなくポジティブにする。

僕はレタリングアーティストとして活動しているけれど、元々レタリングを始めたのは、描くことが好きだったというわけではない。
「良い空間を作りたい。そのために、手描きの文字アートが力を発揮する」という考えがあり、良い空間を作ることが常に活動のゴールにある。

そんなアーティストとしての活動でたくさんの空間と関わってきた中で、なんとなく良い空間の構成要素が見えてきた。

もちろん一人ひとり何を良いと思うかの基準が異なるので、単純に僕個人の考えとして記してみる。

極力自然素材で、非効率を追求して作られている空間

これはチョークアートをやる中で気づいたことだ。
なんでも効率化される世の中だからこそ、人は本能的に、不効率な作業を追求して作られたものや空間に心が動かされ、愛着が湧くのではと思う。

チョークアートは、あえて手描きで細かい作業を行い、チョークは貝殻を再利用した天然素材、しかも消えることが前提。まさに非効率の極み。

デジタルでプリントしたアートワークを貼り付けるほうが圧倒的に効率が良いが、人はその儚さや完璧に描き入れない手仕事に温もりを感じるように思う。

空間に置き換えると、例えば床材に実際の無垢の木ではなく、木目調のシートを使ったり、壁を塗るのでなく壁面シートを張ったり。
コスト、耐久性を考えれば、人工物の貼り付けの方がもちろん効率が良いが、それっぽく作った偽物には本能的にネガティブな違和感が生まれて、早さや安さを重要視して進められた作業に気づくと、大事にされてないなと感じてしまう。

これは最近のクラフトビールや自然派ワインの流行にも言えることだろう。大量生産できないものづくりは、人手もコストも圧倒的に高い。でも、人はその非効率な作業を追求したものづくりを選んで楽しんでいる。

だから、空間から非効率性を感じられたら、その空間を作るのに労力がかかっていることを知ることができ、「こんなに自分を楽しませるために頑張ってくれたんだ」と感激するんだと思う。

作り手の姿が想像できる空間

すべての空間にまつわる要素に、なぜそれを選んだのかが明確にある。すると、作り手の姿が空間を訪れた人に伝わる。

家具、装飾、アート、食器、出す食べ物、飲み物。
全ての要素において、なぜそうなったのか、効率性以外の理由や、オリジナリティがあるべきだ。人はそのオリジナリティを楽しむ。

そのオリジナリティが自分とは嗜好が違ったとしても、それはそれで気づきの機会になって面白い。

僕は空間を作るときに必ずアートを飾るようにしている。
自分自身も描いているから、というのはもちろんあるけど、アートは自分の好きなものは何かをわかりやすく表してくれるから。

東京には、新しいお店がどんどんできている。
でも、都心に行けば行くほど、つまらないお店ばかり増えている。

例えば渋谷の再開発。
大々的に街が変わっていくけど、続々とできる新しいお店は、「かっこいいけど、どこか見たことある感じ。」ばかり。
出てくる料理も美味しいけど、期待値は越えてこない、想像できる範囲内のもの。
「心が動く空間」は中々なくて、「ああ、またこういうやつね」という感覚。

それは、「誰がどんな思いでこのお店をデザインしたのか等、作った人の想いが伝わらない」(そもそも想いがない)」からだと思う。

巨大資本が空間を作ると、どうしても「最大公約数の良いもの」を作ることになるので、色がなくなるのは仕方のないことかもしれない。
また、資本力があると、「お金がないからこそ捻り出てくるアイデア」が出づらくなる。その結果、「想像できる、どこかで見たことのある似たような空間」が増えているのが現状だと思う。

だから、個人的に良いなと思う空間や、記憶に残る空間は、オーナーやデザイナーが誰かわかるような個人経営店や、小規模なチームが作っているお店なことが多い。

再現性が低い空間

上に書いた話と重なってくるが、どこの街のどの建物でも、そして誰でも作れるような空間に感動することはあまりない。

その土地、その物件の元々の躯体や構造だからこそ作れる、「再現性が低い空間」に魅力を感じる。
それは、建物のストーリーに思いを馳せたり、建物の歴史に目を向けて、元々の構造を活かした上で何ができるかを考えたアイデアに触れられるから。
壊して新しくするのでなく、活かすという選択は、大抵とても難しい。
でも、そこに挑戦するからこそ唯一無二の空間ができるし、そこでしか味わえない特別な感覚を与えることができる。

だから、京都にある町家を改装したお店には感動するが、東京にある町家風に建物を改装して作れたお店にはビジネスの匂いを感じてしまう。

再現性が低い空間を作るためにも、手仕事で作られたものや、作り手の独自性を盛り込む事が重要だと思うので、既に上げた2つの要素もお互い関係している。

良い空間のルールを確かめる為にBARを始めます

今僕は、東京の池尻大橋で、仲間達とBARを作っている。
資本力がない僕等が、普通は飲食店として選ばないだろう廃墟物件をアイデアで変形させるプロジェクトだ。
自分達なりの良い空間を形にして、巨大資本にはできない、東京にはない唯一無二の空間を作りたいと思っている。


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