写真に企業ロゴを入れていいのか --写真と知的財産 vol.0 例の枠アプリ

【自己紹介】

カメラや写真が好きで、子育て中の30代。
メインはYoutubeでch登録1万人くらい。
企業で知的財産の仕事をしている。

【前置き】

最近、SNSの写真界隈で「写真に枠をつけるアプリ」が流行りだした。かっこいいし僕も使っていたんだけれど、そのアプリの機能の1つに「企業ロゴを枠内に記載する」というものがあり、「これは知的財産権の侵害なのでは」「使用をやめよう」「使ってるやつはボケナスだ」という意見がちらほら見受けられた。


こういうやつ


現在この機能は削除されたもよう


メーカー知財部で10年程度勤務している僕は、「いや、そうなんだよ。白か黒で言えば18%グレーなんだけどさ、でもなんかこう、もっとあるだろう?」みたいな感じで、身体と脳みそをクネクネさせながら「なんかうまく伝えられないかなー」とモヤモヤしていた。

僕はこのような重めのテーマ、もっとわかりやすく言うと「一歩間違えれば炎上しそうなテーマ」は避けるタイプなんだけど、どうやら「知財経験者×写真好き」という人種が非常にレアなようで、こんな僕にも極僅かな権威性みたいなものがありそうなので、ここは調子に乗って「一歩間違えれば炎上しそうなテーマ」に踏み入ることにした。

本テーマは「写真と知的財産権」と題しているので、例のアプリの是非に留まらず、

  • 通行人の顔が入った写真をアップしてよいのか

  • 人の作品をどこまで真似してよいのか

  • Youtubeの動画で有名映画の1シーンを入れてよいのか

等々で悩む人が読んでも、ある程度すっきりする内容になっていると思う。以下の注意事項をしっかり理解した上で読み進めてほしい。

【注意事項】

・アプリの是非だけを話したいわけではなく、これをきっかけにみんなで知的財産の理解を深めましょう、という趣旨で書いた。
・専門は特許法なので著作権や商標は半ば専門外とも言えなくもないが、知的財産権制度および法律という広い視点から述べる。
・アプリの使用を推奨したり非難する意図はありません
・本記事内容に関連して発生した損失・損害について一切責任を負いません

【全体感(暫定版)】

vol.0 例の白枠アプリについて(このnote)
vol.1 知的財産権制度、および法律の上流に倫理や道徳が存在する
vol.2 謝罪という最強のコミュニケーション
vol.3 知的財産権の目的は産業や文化の発展を促すこと

白枠アプリだけで6000文字を超えてしまったもんだから、3~4部に分けようと思う。本音を言うとVol.0は全然面白い話じゃないので割愛しようと思ったが、話題といえば話題だし、気になるひとも多いと思うのでざっくり見解を述べることにする。本当に伝えたいことはvol.1~3にあるので、是非続きをみてほしい(誠意執筆中)

※客観的に得られる情報と推測が多分に含まれるので注意
※とりあえず日本国内での話とする

【商標の基礎知識】

Twitterでは「使うだけでアウトだ」「最悪の場合訴訟も有りうる」なんて話が飛び交っているが、難しい話が入り乱れていてカオスなので順に説明していく。

そもそも今回の話で関連しそうな権利は大きく分けて商標と著作権になると思われるので、まず商標についてざっくり説明する。(著作権の話はあとでするので混同しないように)

商標は企業の名称とかロゴとかを包括した権利で、わかりやすく言うとブランドみたいなものである。そのへんに売ってるバッグに「CHANEL」と書いて販売するとアウトなのはなんとなく想像できると思うけど、これはCHANELの商標(ブランド)を悪用したからアウト、ってことになる。

商標にはカテゴリみたいな概念があって、例えば「TOYOTA」って商標は「乗り物」っていうカテゴリなので、誰かが車やバイクにTOYOTAって書くのはダメだけど(同一と言う)、食パンにTOYOTAって書くならセーフ(非類似と言う)みたいな考え方がある。

要は「消費者を誤認させなきゃよくね理論」で、パンにTOYOTAって書いても「えっ、あの車で有名なTOYOTAがパン出したの!買おうかな」ってならんよね、みたいな話。(例え話なので、TOYOTAが食品の商標を有している可能性もある)

また知的財産権では「業として」って言葉がよく出てくるんだけど、要するにビジネス的に利用しているかどうか、更に端的に言うとカネを稼いでいるかどうか、みたいなところも結構大事になってくる。

商標は専門外だったから、念のため関連する条文を今更見てみたんだけど、やっぱりどれも「業として」が前提のようにも見えて、カネを稼いだらアウト、私的利用ならセーフというのが一般的な考えとなる。(ここはガチ弁護士/弁理士の方がいたらコメント頂きたいし、100%間違っていたらボコボコに叩いてほしいです)

【アプリ制作者は、他社の商標を侵害しているか否か】

カメラメーカーたちがどんなカテゴリで自社のロゴを出願しているかわからないけど、少なくとも写真編集アプリが含まれるカテゴリ(第9類 – 電気制御用の機械器具)には出願していると思うし、例のアプリはカメラや写真に関するアプリなので、侵害と判断される可能性が高い。(高い、とぼかしているのは、やっぱり判断するのは裁判所なので非類似になる可能性もあるため。今の情報だけだとなんとも言えない)

また先述したように、商標の侵害有無には金を稼いでいるかどうかも結構大事で、アプリで金を稼いでいればなお怪しい。

【侵害している場合、権利保有者が取りうる行動は何か】

レベル0 なんも言われない
レベル1 注意で終わる
レベル2 差止や賠償、ライセンスの直接交渉
レベル3 差止や賠償の訴訟

で大別すると、レベル0~1で終わるだろう、というのが知財経験者の推測。
損害賠償請求となると
「ほんとに侵害と言えるんだろうか。ロジックはどうなの」
「そもそもこいついくら儲けてるんですか」
「じゃあいくら請求するんですか」
「売上に対するロゴの貢献度ってどれくらいですか」
「てかなんなんこの会社、どこの国?アプリ公開されてるの何カ国?どっから攻める?いつからあんの?」
とか色々考えなきゃいけなくて相当しんどい。

訴訟するとなると代理人(弁護士)も立てなきゃいけないし、特に海外では彼らの報酬は暴利of暴利なので、最近の日本企業はよっぽど大事な話じゃないと訴訟なんてしない(某訴訟大国は別だけど)

レベル2の直接交渉なら代理人費用や訴訟費用はかからないけど、金を回収する場合はそれなりにロジックを作って戦わなきゃ行けないし、「こいつどんだけ稼いでんだ、許さねぇ」ってならないとレベル2すら到達しないと思う。アプリの人気度はわからないけど、まぁそんなに稼いでないでしょう。
ということでレベル0-1と予想。というかいずれアプリ側が知らん顔してロゴ機能を消すと思う。

【アプリ使用者は、他社の商標を侵害しているか否か】

先述したように、金を稼いでいるかどうか(業として使用しているかどうか)が大事なので、ロゴがあろうとなかろうと、趣味で使う分には問題ない。(怪しいアプリなんて使いたくない、という心理的な話は一旦置いておく)

なお「SNSへの公開は私的利用の範囲を逸脱している」みたいな意見も見られるが、「私的利用の範囲を逸脱している=業として使用している」ではないので、商標に関してはSNSの写真に写る程度なら侵害してないんじゃないかと思う。※後述の著作権は「業として」はあまり関係ないので注意。

なお企業側が「ロゴは絶対に使わないでね」とか「私的に使うならこうしてね」みたいな使用規則を儲けている場合もあると思うけど、内容は企業によって異なるし、法律とは趣旨が異なるので割愛する。ここはシンプルに「ロゴを作った本人がやめてって言ってるならやめようよ」っていうモラル的な話。

【著作権の基礎知識】

商標の話は終わりにして著作権の話に移りたいんだけど、そもそも論として「著作権はガチで難しい」というのを伝えておきたい(言い訳じゃなくてガチで)。

商標や特許、意匠は「この権利ほしいです」って出願しなきゃ権利が取れないんだけど、著作権はいちいち申告しなくても世界中でポコポコ権利が発生する不思議な権利になっている。

理論的には日々世界中でポコポコ権利が発生しているんだけど、実際は著作権関連の訴訟になったときに裁判官の目に触れて「これは著作権なんだろうか」と実質的な権利審査的なものが行われて、そこで正式に認められて初めて権利が得られる、みたいな感じになってる。

つまり著作権の訴訟では「AさんはBさんの著作権を侵害しているかどうか」だけでなく「そもそもこれって権利なんですか」って論点も出てきて、非常に複雑化しやすいし、Twitterでここを論じてる人は殆どいなかったような気がする。

実は特許権でも「権利化された特許が無効になる」って話は日常茶飯事で、交渉や訴訟になったら「侵害有無の判断」と同時に「有効性判断」っていうのは必ず行う。なんと驚くことに、訴訟に上がった特許のうち約半数は無効と判断されている*ので、知財を知らない人にこの話をすると「えっ、権利ってそんなに脆いの?」って拍子抜けする事が多い。
*参考


話を著作権に戻して、ビールで有名な「ASAHI」のロゴは著作物とは認められなかった、という判例もあったりするので、カメラメーカーのロゴも著作権として認められない可能性もある。知りたい人は 「ASAHI 著作権」とかでググってみてほしい。ASAHIは文字だけのロゴだったので著作物とは認められなかったが、色や絵があるとどうなるかはわからない。
参考↓

Asahiの話は「似たロゴがある奴を訴えた」という事例なのに対し、今話題にしているのは「全く同じロゴを写真に加えていいんですか」って話なので若干話が違う点もあるが、いずれにせよ著作物の認定は結構難儀するものであって、多少ググった程度で侵害を語るものではない。

だから「これは著作物なのかどうかもわからない」という状態で「ロゴを使うのは著作権侵害だ」とか言い合うのはちょっと飛躍しすぎだし、それを決めるのはTwitter民ではなく裁判官なので何も断言はできない。とはいえ、「何もわからないなら使うな」っていう意見もなんとなく理解できる。

そんな「何もわからないなら使うな派」の人たちには、是非次のトピックを読んで頂きたい。

【表現の自由】

誰しも聞いたことがある言葉、表現の自由。憲法でも守られている大事な考え方。しかし最近は悲しいことに、この言葉に対してそんなに良い印象を持っていない人も多いような気がしていて、どちらかというと「暴論吐いてるちょっと頭おかしい人が自らの発言をそう呼称する時」に多く使われている気がしている。

この「表現の自由」と「著作権」は結構深い関わりがあって、要は「何でもかんでも著作権で縛り過ぎたら何もできなくね?」みたいな考えだ。この考えは多くの人が賛同できると思うし、「著作権はインターネット全盛期の現代に追いついてないよね」という意見も多く、実際にここ最近で法改正がされたりしている。

つまり世の中には表現の自由という憲法もあって、一方法律では著作権やらで一種の独占権を与えているというダブルスタンダード状況になってて、なんともカオスな状況とも言える。「著作権 表現の自由」とかでググると僕より賢い人たちがいっぱい論文とか出してる。

Liit(言っちゃった)に関してはどちらかと言うと「こんなもん使うな派」や「侵害してることに気づけボケナス派」が多くて、「それを言ったら何もできんやろ派」が少ないような印象なんだけど、そもそも世界がダブルスタンダードになっているので互いが揉めるのも納得と言える。

蛇足なんだけど、自由の国アメリカはやっぱり表現の自由にも寛容な気がしていて、仮に今回のアプリがアメリカで話題になっても「それを言ったら何もできんやろ派」が多数を占めると思う。というか、それが当たり前すぎて話題にすらならないと思う。

【アプリ使用者は、他社の著作権を侵害しているか否か】

ロゴなし画像は大丈夫でしょう。問題はロゴ有り画像なんだけど、これが前述のようにほんとにわからん。ASAHIの判例を考慮すると大丈夫な気もする。気もする、としか言えない。

また、万が一侵害したときの可能性として

レベル0 なんも言われない
レベル1 注意で終わる
レベル2 差止や賠償、ライセンスの直接交渉
レベル3 差止や賠償の訴訟

でいうと、ほぼレベル0なのは感覚的にわかると思う。大企業が個人をボコすメリットは皆無なので、なんも言われないだろう。あったとしても「控えてください」等のアナウンスがあるくらいでしょう。

「侵害してるけど、どうせ何も言われないから使おう」と「色々調べた結果、断言はできないんだけどおそらく侵害ではないと自己判断しているし、何かアナウンスがあったらそれに従おう」との間には心理的、そして倫理的に大きな差があると思っていて、僕はどちらかというと後者の感覚に近い。

ただ注意すべきなのは商標や著作権侵害以外の可能性で、ロゴ使用によるブランドイメージ損失などがあれば別の罪になる可能性もある。Twitterで一部の人が気にしてるのはこっちかもしれない。こればっかりは企業側がどう思うか次第なのでなんとも言えないし、「好きなメーカーに迷惑かけたくないから使いません」とか「法律とか関係なくこんなアプリ使いたくない」って考えも十分に理解できる。

そもそもロゴ無しで白枠+exifだけでもカッコいいから、「意地でもロゴ付けたいんだ!」って人は少ない気もするけど、まぁそんなに気しなくて良いんじゃない、というのが感想。

ただし全く別視点の懸念として「Twitterで変に勘違いしてる人から叩かれる可能性」もあるのが悲しい。法的な正しさは置いておいたとしても、SNS時代の昨今は一部の過激派が実質的に裁判官のような立ち位置になってしまい、彼らが「著作権侵害だ」といえば謝罪を強要させられたりするケースも多いので、大変立ち回りが難しいのも事実である。(この話は法律から離れすぎるし、到底まとめきれない難題なのでこれ以上は語らない)

最後に、とてもとても大事な話だからVol.3でも話す内容なんだけど、そもそも知的財産権はざっくり言うと「産業や文化の発展を促す」ことを目的としている。
反対に、「産業や文化の発展を阻害する行為」は罰せられる仕組みになっている。

また法律だけではなく司法(裁判官)も、「法律にそう書いてるから」とかいう脳死判断じゃなくて、意外と「法律にこう書いてるものの、そもそもの趣旨からすると、こう解釈すべきである」みたいに、ちょっと拡大解釈(or限定解釈)して世界をいい感じにしようと頑張ってる印象もある。

ということで、ここが今日一番言いたいことなんだけど、

愛用しているカメラで撮った写真の下にメーカーのロゴを載せ、SNSで公開した

この行為が「産業や文化の発展を阻害する行為」なのか否か、自分自身の価値観でじっくり考えてみてほしい。侵害か非侵害かじゃなくて、もっと根本的な話。僕らはこの世界にプラスの行動をしているんだろうか、って話。

※このあたりは非常に、非常に大事な話なので、次回以降でまた述べます。

【おわりに】

ここまでの話で白枠アプリについての理解が深まったと思うけど、白枠アプリの話は結構どうでもいいと言うか突然出てきたレアケースみたいなもんで、写真好きの僕らはもっともっと日頃から意識すべきことがたくさんある。

冒頭で話した以下疑問

  • 通行人の顔が入った写真をアップしてよいのか

  • 人の作品をどこまで真似してよいのか

  • Youtubeの動画で有名映画の1シーンを入れてよいのか

はまだまだ解決されていないし、なんならLiitに関してもまだスッキリしない部分があるが、それらは

vol.1 知的財産権制度、および法律の上流に倫理や道徳が存在する
vol.2 謝罪という最強のコミュニケーション
vol.3 知的財産権の目的は産業や文化の発展を促すこと

で深く話していきたい。

どうかNoteをフォロー頂き、ついでにYoutubeとTwitterとInstagramもフォロー頂き、白枠アプリを使ってSNSを楽しみながら続きを待って頂きたいと思います。

(vol.1 へ続く)

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