見出し画像

貨幣誕生のイノベーションと平和

 貨幣誕生の歴史から見るイノベーションと平和の関係について。

 紀元前612年、アッシリア帝国の滅亡後の混乱期に、エーゲ海沿岸のリュディアという国があった。この時代、貿易を通じて周辺国との関係を深めたリュディアは、世界初となる硬貨を鋳造に成功する。人類が貨幣を誕生させた瞬間だ。

 それまでの取引方法は、物々交換、借用と信用取引(収穫後に穀物を支払うから種を借りるなど)、労働交換などだったが、何にせよ問題だったのは大きく二つ。

一つは交換する品の保存が難しかったこと。重たいものや大きいもの、腐食しやすいものなどは交換の際非常に苦労する。
もう一つは、価値が統一されてないことで起こる取引の複雑さ。人によって持ち込んでくる品物が異なるので、それぞれに対しどれくらい自分の商品と交換できるかいちいち取引しなければならななかった。
これらの理由から、貨幣が登場する以前は、貿易のような大規模な商業活動は非常に難しかったのだ。

 ところが硬貨の鋳造が行われてたことによって、金貨や銀貨という統一された価値が使えると同時に、軽くて丈夫なことから保存や流通が圧倒的にしやすくなった。結果として硬貨の誕生は、それまでの問題を一気に解決して、統一された経済システムの発展を促すことに寄与したと言われている。

そして、こうしたイノベーションは、携帯電話の進化、つまりショルダーフォンからフィーチャーフォン、そしてスマートフォンへの進化とも非常に似た構造をしていることに気づくだろうか?

ショルダーフォンもフィーチャーフォンも電話やメールで人と繋がることはできるが、情報を得たり、決済に使ったり、ゲームや動画を楽しんだりといった、連絡手段以上の使い方はスマートフォンでないと実現できない。スマホができて初めて、SNSが多くの人に広がり、Youtubeで手軽に動画が見れて、PayPayを使って決済もできるようになった流れを振り返ると、やはり貨幣の進化と携帯電話の進化は似ている。

 さて、貨幣の誕生が大きなイノベーションなのは分かったが、どうしてその開発がリュディアという一小国で成し遂げたのだろうか?
これにはいくつか要因がある。

豊富な資源:エーゲ海周辺は金や銀などの貴重な鉱物資源に恵まれていたため、リュディアはこれらの活用が可能だった。

政治的安定と経済発展︰政治的安定、すなわち国が平和であることが、商業活動の盛んさと経済発展を促し、貿易の増加とともに取引を簡単にする必要性が高まった。

高度な金属加工技術︰リュディアでは金属加工の技術が他と比べ優れていたことから、金貨や銀貨の鋳造を可能だった。

社会的ニーズ︰貿易や商業取引が活発になるにつれ、物々交換システムの限界が明らかになり、これを解決する手段として価値の保存、交換の媒体、価値の計算単位の三役をすべて満たす存在が人々に求められていた。

 これらの条件を満たしていたからこそ、リュディアは硬貨の鋳造に取り組むことができ、結果的として、世界経済史において重要な節目とされるほどの大きな影響を与えたイノベーションとなったのだ。

 ところで、今回こうしたイノベーションの発生に関するテーマを書くにあたって、私が一番注目したポイントが、リュディアの成功要因の一つにも挙げた、国の平和さである。
つまり、平和な環境が人々に国の豊かさを考える心の余裕を生ませ、他国とのつながりを持ち、加工技術を磨くことができたのだ。

 以前書いた二つの記事では、「交易が豊かな社会を築く近道であり、それが異文化と交流する下地になりイノベーションを生み出す」と述べた。
今回のリュディアの硬貨開発の歴史からは、それに加え「交易の活発が国の平和とも関係している」ことが分かる。

 戦争に明け暮れる国では、豊かよりも生き延びることが優先なので、経済発展が望めない。したがって、イノベーションが起こりやすい環境を作るには、平和を維持すること。具体的には、メンタルの安定が重要なのだ。

 国全体の平和を考えることはスケールが大き過ぎて難しい。しかし、個々のメンタルヘルスを保つことは現実的に可能だろう。

人格や存在の否定に基づく争いは、個人あるいは集団のメンタルが不安定な時に起こるケースが多い。メンタルの安定が争いを減らし、平和につながり、豊かにしていく連鎖なのだとしたら、私とあなたが気分良く毎日を生きることで身の回りは少しずつ豊かになっていくのかもしれない。

 こうして見ると歴史は、一見自分と関係なさそうでいて、案外、自分事として捉えることができる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?