いまデザインはインクルーシブになることが求められている ──「Ardagh Young Creatives」という取り組み
ウェブサイトやプロダクト、建築物からシステムまで、デザイナーは世の中のあらゆる分野に関わる職業です。しかし、その幅広さゆえに、デザインという仕事の実態が外からは見えづらいこともあります。
そんな漠然としたイメージをより具体的なものに変え、若者のキャリア形成の糧としてもらうためのプログラムが、ロンドンのデザイン・ミュージアムが主催する「Ardagh Young Creatives」です。参加資格があるのはデザイン分野に興味をもつ14~16歳ですが、特に「過小評価された(underrepresented)」グループの人々を対象としてると、プログラムのマネージャーをつとめるアヴニ・パテルさんは話します。
「主に人種的マイノリティや障がいをもつ子ども、無償学校給食児童特別給付の対象となっている子どもなどに向けたプログラムです。若い子たちがデザインの力や価値を理解するのを助け、デザインという職種に入るうえでのバリアを低くすることを目的としています」
プログラムのプロセスは大きく3ステップに分かれています。まずはデザインやデザイナーについて学ぶ第一ステップ、そして業界について学んだり、実際にさまざまなデザイナーに会う第二ステップ。「実際に手を動かしながら学ぶ実践的な学びと同時に、ほかの参加者やデザイナーとコミュニケーションをとりながら学ぶソーシャルラーニングの面もあります」とパテルさんは説明します。
3つ目は、実際にアイデアをかたちにするステップです。「毎年テーマを決めており、今年は『家』になりました。とはいえアウトプットは必ずしも建築物である必要はなく、パフォーマンスやプロダクトなど自由に考えてもらいます」
デザイン業界をインクルーシブに
さらにこのプログラムの大きな特徴は、参加者一人ひとりにメンターがつくことにあります。全員がデザインの分野で活躍していますが、その肩書はグラフィックデザイナーからファッションデザイナー、キュレーターやアーティスト、建築家までさまざま。Takram Londonディレクターを務める牛込陽介もそのひとりです。
「従来のデザイン業界は、ひとりの天才的なデザイナーがマジシャンのように問題を解決し、とても美しいものをつくりあげ、ほかの人はそれを受け取るだけというようなイメージがあったと思うんです。業界もそういうイメージをつくりあげてきたし、周りもそういう価値観でデザインを享受してきた歴史があります」と牛込は語ります。「でもいまは、デザインプロセスもデザイン業界ももっとインクルーシブになることが求められています」
そのためにも、中流階級の白人男性ばかりがデザインを学ぶ機会に恵まれ、その技術を中流階級の白人男性ばかりに提供している現状を変えなければならないと、牛込はメンターを引き受けた理由を語ります。ロンドンのデザインコミュニティには、マイノリティながらアジア人の比率は多いと語る牛込。「それでもマイノリティであることの苦労は多少わかりますし、少しでも不均衡に立ち向かえればと思っています」
進化するデザインを理解する
プログラムに参加する子どもたちの多くは、デザインに興味があったり、実際に自分でものづくりやコーディングをしたことがありながらも、デザインが具体的にどのようなものなのかは知らずに来るとパテルさんは話します。「デザインは常に進化し、再定義され続けています。わたしたちのデザインミュージアムもまた、デザインとは何かを理解するための場所でもあるのです」
その理解をサポートし、将来に向けたヒントを提供するのがメンターたちの役割です。
「メンターとメンティーの組み合わせを決めるために、最初に参加者全員と1対1で話をするんです」と牛込。「『デザインってこういうところにもあるんだよ』とか『テクノロジーの未来を決めていくとき、デザインはこういうふうに使えるかもしれないよ』とか、ちょっと視点や考え方を広げるような会話を心がけていました」
過去の2年の参加者のなかには、そうした出会いがきっかけでデザインの道を選んだ人もいるといいます。
「もともと出版や写真に興味があってプログラムに参加した子が、写真家がメンターになったことをきっかけに映画と写真を学び始めた例や、プログラムを中断せざるを得なかった子がその後プロダクトデザインに興味をもち、その道に進み始めた例があります。プログラム終了後に建築学部に進んだ子も居ましたね」
生涯学び続けるための種をみつけて
一方、キャリアとは異なる面で成長を遂げた子もあるとパテルさんは語ります。「自分のアイデアを表現する自身がついたとメールをくれた子もいますし、プログラムでつながった同世代との友情を育む子もいます」
そうした多角的な成長をもたらすArdagh Young Creativesを、パテルさんは「ラーニングプログラム(学びのプログラム)」と呼んでいます。教育的な側面もあるものの、その目的は子どもたちが生涯学び続けるための好奇心を育むことにあるからです。パテルさんは語ります。
「このプログラムに参加することで、子どもたちが建築物を見る目が変わったり、いままで行かなかった美術館やギャラリーに行くようになったりするかもしれません。あるいは、このプログラムで新しく習った言葉やプロセスをソーシャルメディアや記事で見つけ、興味をもつようになるかもしれません。うまくいけば、その種が広がり、育っていくでしょう」
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