格好よさだけでなく、プロダクトに関わる人の生活までもデザインしたい ── 「もの」と「こと」の振り子を振るUI/UXデザイナー山田水香
「もの」から「こと」のデザインへ
── PasmoはTakramでUI/UXデザイナーとして活躍していますが、デザインに携わるようになったのはいつからですか?
本格的には東京藝術大学に進学してからです。美術学部デザイン科に所属していたので、ひたすらクオリティーを求めて自分のものづくりに没頭していました。そのころは「いいものづくりとは、アウトプットの精度が高いもの」であるという考え方のもと、いわゆる“もの”のデザインをメインに学んでいました。
ただ、2年生になったときに、「もの」とは違うデザインがあるということを知りました。きっかけは、2年生のときに赴任してきた須永剛司教授の授業でした。このときの授業は、いまの私のデザイン観にも大きな影響を与えています。須永教授は多摩美術大学に情報デザイン学科を開設した方なのですが、授業で「デザインは『もの』だけではなくて、『こと』(体験)もつくり出すんだよ」というお話をされていたんですね。そこから「こと」のデザインに興味をもち、卒業制作で教授の研究室に入りました。
「こと」のデザインというとかなり広いですが、須永教授は人の生活や行動を変えるサービスデザインに近いことを主に実践していたんです。ただ、私はビジネスの考え方を知らなかったので、大学卒業後はいきなりサービスデザインに行くのではなく、アウトプットがもっと具体に寄っているUI/UXの道を志しました。
── 大学在学中はデンマークにも留学していますよね。
はい。須永教授はデンマークの教授とも繋がりがあって、その教授の「こども食堂の新しいデザインを考える」という2日間のワークショップに参加させてもらったんですね。それをきっかけにデンマークの考え方に興味をもちました。
── 具体的にデンマークのデザインのどういうところに興味をもったのでしょうか?
デンマークは行政がデザインチームをもっていたり、グラフィックデザインの会社が「どう人に使ってもらうか」を考えていたりと、「もの」だけでなく生活にデザインが染み出している国だなと感じたんです。そうした「デザイナーが生活を考える」という仕組みがどう成り立っているかを知りたくて留学しました。
現地のデザイナーにお話をうかがうなかで印象的だったのは、「デザインは民主的なものである」という考え方でした。デザインは特殊な技能をもった人が何かに特別な価値をつけるためにあるのではなく、みんながアクセスできるものだという考え方が基盤にあったんです。
── デンマークで学んだことで、自身のデザインへの向き合い方は変わりましたか?
かなり変わりました。藝大の卒業制作というと、作者一人で完結するような自身の技術や表現に注力した作品が多かったのですが、私は誰かと一緒に誰かが使ってくれることを想定した作品づくりを選びました。
取り組んだのは、福岡県の上野焼(あがのやき)の職人さんと協働し、最終的に上野焼を東京の人に知ってもらうきっかけをつくるというプロジェクトです。
プロダクトに関わる人の生活もデザインする
── 大学卒業後は事業会社に入ったんですよね。
そうなんです。人の行動や生活をデザインするとき、そのアウトプット先としてウェブサイトやアプリケーションといったデジタルプロダクトが最適だと考えました。いまやスマートフォンやパソコンが生活の一部になっていると思うので。加えて、ゆくゆくは「こと」のデザインやサービスデザインの領域で活動していくことを考えて、まずはビジネスに強そうな会社で学びたかったという理由もありました。修行するつもりで入社して、3年半所属していました。
特に就職先のリクルートにはエンジニアからビジネス、デザイナーまでいろいろな職種の方がいるので、数字をベースに議論を進めていきます。デザイナーは感覚的な話に陥りがちですが、リクルートでは業種によっていろんな判断基準をもった人が共通で理解できる「数字」の重要さを学ぶことができました。
ユーザーに真摯に向き合っていた先輩が「数字には、人がサービスを使ったときに、いいと思ったこと悪いと思ったことがそのまま反映される。人の行動を知ることができる重要なものなんだよ」と教えてくださったことで、大切な判断軸だと思えるようになりました。
── リクルートを退社後Takramに入社していますが、Takramを選んだ理由はなんでしたか?
リクルートにはビジネス的視点を含めて、視野を広げるために入社したのですが、当時から次に転職するときは藝大のころのようにアウトプットの精度を深められる、デザインを大切にしている会社に入ろうと決めていました。
かといって普通のデザイン事務所でただ手を動かしたいわけではなく、制作に集中しつつ学んできたことや考えてきたことを活かせる場がいいと思っていたので、いわゆるインターフェイスのデザインだけでなく、ビジネスデザインやブランディングなど、上流からプロジェクトを手がけているTakramに興味をもちました。同時に、Takramはアウトプットのデザイン性と最後の具体化へ落とし込む精度の高さのバランスの良さに惹かれました。
── Pasmoが考える「いいデザイン」とは、具体的にどのようなデザインなのでしょうか?
純粋な見た目のよさに加えて、そのプロダクトに関わる人の生活までもデザインするという2軸が揃ったデザインだと考えています。私の入社前にTakramが手がけていた明壽庵のプロジェクトも例のひとつだと思います。
東京・王子の老舗三社の伝統技術を合わせた「あん食パン」のお店をブランディングするプロジェクトで、地元エリアのフィールドワークから始まりお店の方へのインタビューを通して、地域と関わり受け継がれてきたお店や技術に対する想いを丁寧に汲み取っていくプロセスが素敵だなと思いました。製品をつくる人と並走しながら、格好いいビジュアルに落とし込まれているプロジェクトだと思います。
虫の目、鳥の目、魚の目
── 実際に入社後にUI/UXデザインを手がけるなかで、特に心がけていることはありますか?
個別の体験と全体の体験の両方に目を向けることですね。 UIはインターフェイスという“点”の関わりをデザインし、UXは“全体”を見渡した体験をデザインしますが、そこの繋ぎ込みをいかにしっかりできるかにアウトプットのクオリティーがかかっていると思うんです。よく視点の転換の話で「虫の目、鳥の目、魚の目」と言われますが、まさにその往復が大切だと思っています。
── いまはデジタルプロダクトを主に担当していると思いますが、今後UI/UXデザイナーとして拡張していきたい分野はありますか?
ゆくゆくは、もっとソーシャルデザインのようなものに関わっていく時間が増やせたらいいなと思っています。いままでデザインが埋め込まれていなかったけどニーズがあるところに対して、デザイナーとして一緒に何ができるかを考えるところから入っていけたらいいなと考えています。
そうなったとき、そのアウトプットは必ずしもデジタルプロダクトではなく、もしかしたらチラシや空間のデザインなのかもしれない。だからこそデジタルというアウトプットにこだわらず、広く対応できるようになりたいなと思っています。
── 例えば、既に手がけているプロジェクトで、ソーシャルデザインのような領域のものはありますか?
プライベートワークで、伝統工芸のNFTをつくるプロジェクトや、お茶の産地として有名な京都の和束町(わづかちょう)の国内外向けのブランディング、奈良の伝統工芸品である「雪駄(せった)」をつくっている大和工房という工房の海外向けブランドサイトの制作など、いくつかのプロジェクトに関わらせていただいています。自分が試行的に進めてみたいと思ったプロジェクトが主です。デザインリサーチから始まり、クライアントとなる自治体や工房とやりたいこと、打ち出したいメッセージを言語化するところから一緒に考えていくプロセスなので、UI/UXだけを担当するプロジェクトとは少し違います。
── そうしたプロセスはTakramのプロジェクトでも実践しているのでしょうか?
そうですね。Takramでも「どこを目指しているのか」を考えるところからご一緒しているプロジェクトは多いです。ユーザーリサーチなどから拾った声やインサイトを咀嚼して受け止めながら言葉に落とし込み、アウトプットに繋げていく動きが多いと思います。いかに自分がクライアントのみなさんとシンクロできるかがカギになる丁寧なプロセスで、とても楽しいです。