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北の国の商科大学その2

前回は

旧制小樽高等商業学校

 北海道の高等教育機関としては、クラーク博士で有名な札幌農学校を起源とする北海道大学が有名ですが、それに負けず劣らずの歴史を持つのが、旧制小樽高等商業学校を起源とする小樽商科大学です。

 当時の高等商業学校は、国内における商業に関する最上位の教育機関で、東京・神戸・長崎・山口にありました。小樽高等商業学校は5番目の商業学校として明治43年に創立されます。東京より東に造られた高等商業学校としては初めてです。

 小樽は、内陸にある札幌を補完する海の玄関口の役割を果たす港湾都市であり、同時に当時は道内最大の商業都市として、一時は札幌、函館を凌ぐほどの勢いを持った都市として興隆を極めていました。そんな土地柄から、文部省が東日本での高等商業学校の設立を計画すると、小樽の有力者達は設立資金を地元で拠出する事を文部省に申し出て、見事誘致に成功します。

 札幌にあった札幌農学校の後身である東北帝国大学農科大学(大正7年以降は北海道帝国大学として独立)は勿論、関東以北の高等教育機関が、仙台の旧制第二高等学校以外は理系ばかりであった事もあり、開校すると、北海道のみならず、全国各地から多くの学生を集めました。

 同じ東日本にあった東京高等商業学校(現在の一橋大学)は専攻科卒業生に、当時の帝国大学以外で唯一学士の称号(商業学士、のちに商学士)を授与し、実学と学術研究の両者を並立していました。それに対して、新設の小樽高等商業学校は特徴を持たせる為に、実学主義に徹底してフォーカスした教育を行いました。実例として、校内に石鹸工場を造り、製造から販売までを一貫して行う「商業実験」を行う事で、商業の実践を体得させました。

 小樽商科大学百年史の67ページに以下の記述があります。

 戦後、新制大学への昇格にあたり、単独昇格が可能となる要因の一つに、教養課程における自然科学分野の充足が条件にされたが、それには開校以来の「商品実験」科の存在と実績が大きく貢献することになる 

 実学重視の姿勢が、結果として石鹸製造の過程で必要となる自然科学系の教育も充実させ、実践的な文理融合の教育が行われるる事に繋がったのでしょう。

 また、ロシアに近い地の利から、小樽港は海外交易も盛んでした。そんな背景から、英語やロシア語などの語学教育にも力を入れていて、「小樽外国語学校」との別名を持つほどであったそうです。その影響からか、プロレタリア作家で「蟹工船」で有名な小林多喜二や、性描写が問題となり戦前発禁処分になった「チャタレイ夫人の恋人」の翻訳者で作家の伊藤整など、文学で名を残す卒業生も輩出しています。

 以上の様に、自然科学や語学教育などの教育にも力点を置いていた事もあって、商業学校にもかかわらず、文理融合のリベラルアーツ的な教育を行ない、商業人ばかりでない様々な人材を輩出していた事は、戦前の専門高等教育機関としては特筆すべき事実でしょう。

国立小樽商科大学

 戦後新制大学に昇格する時に、当時理系学部しかなかった北海道大学(北海道帝国大学から改名)と合併して文系学部の母体となる事が模索されましたが、戦前からリベラルアーツ的な商業教育を行ってきた実績から、単独昇格の方向へと傾き、戦後の国立大学としては唯一の商科単科大学として、昭和24年に国立小樽商科大学として昇格します。

 戦前からの伝統で引き継がれたのが語学教育です。戦後に編成された教職課程では、商業と並んで英語の教員免許の取得が可能となっており、伝統的に多くの英語科の教員を養成しています。また、一般の学科とは別に商業教員養成課程を設置して、商業科の教員の養成も積極的に行っていました。

 また、自然科学系についても数学系を中心に戦後も伝統を受け継ぎ、昭和40年に数学系の学科である管理科学科の設置を行い、文系単科大学でありながら、文理に通じた総合大学的な大学へと変容していきました。

小樽商科大学の今

 平成16年の商業教員養成課程の廃止などを経て、現在は、学部教育では初期から存在する経済学科、商学科に加え、法学部門を独立させた経済法学科、管理科学科を改組した社会情報学科の4学科で構成されています。

 大学院については、商学研究科に現代商学専攻の博士前期課程・後期課程を設置しています。それに加えて、札幌市内にある札幌サテライトを中心に講義が行われるアントレプレナーシップ専攻(MBA)も設置されています。

 教職課程については、他の商科系大学では縮小の傾向にありますが、逆に平成25年に今まで課程認定されていた商業科と英語科、情報科に加え、中学社会科と高校公民科の課程認定を受けました。また、学科毎の課程認定教科はあるみたいですが、学科による取得制限は廃していて、どの学科の所属であっても、課程認定されているどの教科の免許も制度的には取得できるシステムになっています。

 教職課程の認定が厳しくなっている中でも、敢えて新たな認定を受けたり、免許取得の自由度を高めていたりする点からも、今後も教職課程を維持し、教員養成に積極的に関与していく意気込みを感じます。

北海道国立大学機構

 国立大学法人化後は、北海道大学の文科系学部が充実していくにつれて、文系単科大学故の財政基盤の弱さが地盤低下に繋がっていますが、道内の単科大学である帯広畜産大学、北見工業大学との法人統合による「北海道国立大学機構」が来年度から設置される事で、実質的な総合大学化が行われ、局面が変わって来るかと思います。

 地道な基礎的研究とそれに伴う堅実なリベラルアーツ的な教育により、一般の知名度以上に多彩に活躍する人材を養成しています。それは、伝統的に道内に限らず、全国に活躍する経済人を輩出し続け、上場企業の役員輩出率が総合大学と伍する位置を占めている事や、近年英語科を中心に毎年教員採用者が複数いる事によって証明されています。

 新設の国際教養学部などに注目が集まる傾向が近年ありますが、戦前から一貫して語学教育に力を入れて、リベラルアーツ的な教育の実績も十分な北の国の商科大学がある事も思い出してあげてください。来年度以降は北海道国立大学機構として実質的に総合大学化するので、今まで以上に文理融合した色々な学びの場が提供される事が期待されます。例えば、小樽商科大学に在学中に帯広畜産大学で牧場実習した学生が、将来教員になって、その経験を何らかの形で伝えるなんていうのも個性的でありかなとか思います。

 「試される大地。北海道」(今は「その先の、道へ。 北海道」に変わったそうですが)で、青年時代を過ごすのも悪くないと思います。国立大学としてはあまり目立たない大学ですが、私の推しの大学の一つです。

 今後も地方の国立大学を中心に、その意外な出自や、今の変化などを折々に紹介していきたいと思っています。





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