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モヒカンのパターン(偽・日記20)

とある現場にはいっていた。学生時代よく日雇いの仕事をしていたが、それらの現場に比べれば天国みたいな仕事だった。クーラーが効いていたし、怒鳴るような人間もいなかったし、ちょっとでもバランスを崩したら大怪我するような重量の物体を運ぶ必要もなかった。(本来、少なくとも私が学生時代に行っていた日雇いかつ取っ払いの仕事は本当に酷い。筋肉より先に人間性が擦り切れていく。一度24時間休みなしで肉体労働をしてみるといい。人称が確実にバグを起こす。)

広告代理店で働いていたときの先輩が、私の現状を知ってわりのいい仕事を回してくれたのだった。色んな制約があり、いま仕事をしているとまずいので、私はダイエット天ぷら三昧という偽名で働かせてもらった。仕事を回してくれた先輩ふたりも現場にはいっていた。真冬に金がなさすぎてエアコンをつけられず凍結しかけていたおり、灯油とヒーターをくれた二人だ。片方の先輩はヒーターをくれたあと、脳の血管の問題でぶっ倒れて危ない状態にあったのだが、手術がうまくいって助かった。

脳を手術した先輩に、ちょうど頭をかっぴらいた直後に子供が産まれた。写真をみせてもらった。かわいい赤ちゃんだった。そもそも、かわいくない赤ちゃんをみたことはなかったが、とにかく無類にかわいかった。どの写真でも髪が逆立っていたので、もうヤンキー教育をはじめているのですか、とマイルドヤンキー世代である先輩にきいたところ、産まれたて赤ちゃんの髪は色んなパターンがあり、解説図によると先輩の赤ちゃんはモヒカンのパターンとのことだった。さぞファンキーな子に育つだろう、とおもった。出産祝いに、ショーン・タンと佐々木まきの絵本を贈った。気に入ってくれると嬉しい。気に入らない場合は、赤ちゃん特有の破壊衝動とよだれの餌食にしてやってください、といった。

仕事の二日目、子供がうまれた方ではない先輩と裏でタバコを吸っているときに、小説賞の最終選考に残ったという連絡のメールに気づいた。日サロで肌を焼くことに余念のない先輩にそのことを伝えると、すげえな!といってくれた。ちょっとばかし凄いんすよ俺は、と調子にのっていったら肩をぶっ叩かれた。へへへと笑った。また一緒に代理店で働けたらな、お前のことは買ってるから。といわれたが、しかし様々な事情であれが不可能であることは明らかだった。死んだパラレルの未来がすこし悲しかった。書き物でくってけねえの?と先輩にいわれたが、おそらく現実的ではないことを伝えた。金を稼ぐという意味ではおそろしく非効率なものを好きになってしまったが、まあ頭が悪いので仕方がない。落ち着いたら飲もうぜ、と約束してからギャラをもらった。ギャラは2日で3万だった。とりあえず、タバコ代くらいは心配しなくてよさそうだった。ここ最近は燃えさしを切ってちびちび吸うくらいには金銭的危惧に見舞われていたが、いまこれを書きながらビール片手にじっくりと一本まるまる煙にして飲み込めている。

ビールはさいきんハートランドばかり飲む。味が好きなのもあるが、ほんとうに好きなのはバドワイザーだが、瓶を返すと10円もらえるのでハートランドにしていた。行動選択の原理が小遣いがなかった小中学生の頃に立ち戻っている気したが、まあ仕方がなかった。最終候補に残った小説を読み返し校正しながら、しかし、とおもった。それはあまり良くない思考で、むろんビール瓶が俺に吹き込んでいるたわごとにすぎないのだが、30分くらい悩んだ。もちろんたわごとなので、そんなことはしなかった。書き始めて5年くらい経ち、短編を7,8本くらいは書いたが、ついに少なくとも8割くらいは納得できるものが去年の6月には書けた。それ以降は書けていない。

むしゃくしゃして仕方がなかったので、古本屋・喫茶店・銭湯という無職が取れる最大限の娯楽コースを取ることにした。古本屋で迷ったあげく単行本を買い、喫茶店でうまいパスタを食った。隣の席は50代くらいのサラリーマンで、ディスカウントストアで買ってきたような眼をした男だった。男はスマホゲーでガチャガチャを引いていた。いいのが当たらなかったのかコツコツ足踏みをしたあと、店主に食器が汚ねえだとかテキトーな文句をいっていた。くだらない人間に違いなかった、私やその他のやつらと同じくらいに。私は、なああんた!あんた!そうだよあんただよ!ね、おやじさん!その素敵なおめめかタバコをくれないか?といった。な、いま物入りでな、目玉かタバコが欲しいところなんだよ先生、な、恵んでくれ、お兄さん、素敵なダブルスーツじゃねえか、ええ?さいきん目が霞んで仕方がないんだよ、な、俺はサーカスで働いててよ、そうつまりサーカス犬なんだな、そうだ大砲に突っ込まれて飛んで日銭とドックフードをもらっているのだ、しかし嘲らないで頂きたい、俺は由緒正しい血統の持ち主なんだからな、とおさまは警察犬でかあさまはハリウッドで特殊メイクを担当するアーティストなんだよ、しかしこうして不出来な子であるおいらは毎晩毎晩大砲に詰められてついには火薬で目がやられちまったってわけなんだ、なあその目をくれよ?な、な、な、また買えばいいじゃねえか、お兄ちゃん、キリストもいってるじゃないか「もしてめえの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てろ。五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、てめえにとっては益である。」ってよ。そうしておいらはサラリーマンの吸っていたタバコ(ダンヒル!馬鹿野郎が)を一気に吸い尽くしたあと、そこらに転がっている人骨を咥えて喫茶店から出た。そう、インドってのは、特にここバラナシじゃあ子供の骨がよく転がってんのさ。ここじゃあ子供や変死したやつなんかは水葬って決まってんだ。俺ら犬はそれらを貪ってやるわけだが、まあ見ようによっちゃ野蛮にみえるかもしれないが、俺らは俺らで円環のなかにいるんだってことだけはわかって欲しいね。ナヌーク。ほれ、バングラッシーでも飲んで落ち着け。

俺は銭湯に走った。いちいちバウワウ吠えやしねえ。俺はクールな、それもスパイシーでもある、まさに犬らしい犬なのだから。スーパー銭湯には行けない。野良犬をいれてくれるスーパー銭湯なんてありはしないからだ。気取ったボルゾイやトイプードルならともかく。平日なので、客足は少なかった。サウナ、水風呂、休憩、湯船、サウナ、水風呂、休憩、湯船を繰り返していく。どうでもいいぜ、あらゆるがな!となる。そして事実どうでもいいのだ、おまえらがよく知っているように。じいさまが水風呂の水を飲んでたり、サウナの壁に下品な落書きがあったからって、俺は唸ったりしない。わきまえた、気品のある犬だからだ。水風呂のホースに口つけて飲んじまっているじいさまは、そのあと髭をそり出した。そのまま頭まで刈り出して、太い血管を切っちまったのか、じいさまの周りは血だらけになった。俺はおい大丈夫かよじいさん、と声をかけたが、いいだこれでいいんだ、とにこにこしていた。

不味いフルーツ牛乳を飲みながら、椅子(ここの銭湯はとにかく椅子がいい、この椅子のために来ているといっていい。)に座ってペドロ・パラモを読み爆笑していると、風呂から上がったさっきのじいさまが俺の対面に座った。頭の毛が剃り切れておらず、血で固まった毛がぴんと天井にむかって立っていた。モヒカンのパターンだ。さぞファンキーな人生を送ったに違いない。じいさんは、なまっていたし歯があまりなかったので、ほとんど何をいっているのかききとれなかった……さいきんな、ほれ……あん、……あっ、広島……台風……原爆でぜんぶ……これ……んあ、とかなんとか。じいさん、あんた何歳なんだ?ときくと、明治天皇、大正天皇、……死んだ、……な、みんな……んんっ……ほれあいつ……いいっぺ……んんっ、とかなんとか。まあそういうことだな、と俺はいった。じいさまがよくわからないプラスチックの板を取り出して、これどうやってあけんだ?といった。スライド式のカバーのついた電卓だったので、あけてやると、リモコン?テレビ、というので、いいえこれは電卓というもので計算を電気がしてくれるのですよ、と教えてあげた。じいさまは電卓でどっかで拾ってきたらしい。使い方を教えてやると喜んで、何度も何度も計算していた。あげく、なぜか袋(袋としか言いようのない、描写不可能ななにかから)小銭と一万円札を取り出して、俺のまえにおいた。俺は人骨を再度くわえて首を振った。あくまでも俺の仕事はサーカス犬で、それ以上のことはできないし、すべきではなかったからだ。おまえらがよく知ってるように。だが、たいがいは間違えている。おまえらがよく知っていることだ。




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