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場面緘黙日記‐おせっかい先生①‐


 前回の場面緘黙日記から5か月以上経ってしまいました。(誰も待ってないかもしれませんが、)遅くなってすみません。
↓前回の場面緘黙日記⑤

今回は久しぶりにPCで書いているので、スマホだと読みにくい文章になっているかもしれませんが、ご了承ください。


「熱血先生」

 小学4年生の頃、担任の先生が「熱血教師」だった。
 どれくらい熱血だったかというと、学校行事や学年行事では誰よりも大きな声で応援するし、クラスの誰かが問題や悩みを抱えているとわかれば、クラス全体に共有して持論を熱く語った。私はそこで女性の「熱血教師」というものを初めて見た。
 「熱血教師」は暑苦し過ぎて児童たちに嫌われている、のかと思っていたが、その先生は剽軽で明るい性格だったので、「面白い先生」として皆から慕われていた。少なくとも、私以外からは。

「冷酷先生」

 ある日、理科の授業で学校の庭園の生き物を観察し、スケッチしていた時のこと。制限時間内に早く終わったグループから教室に戻り、観察内容をまとめることになっていたが、あるグループが予定時刻から5分経っても戻ってこなかった。予定時刻になった時、先生がクラス全体に何もせず待っているように言った為、クラス全体が静まり返っていた。重苦しい沈黙が続く。
 そしてようやく最後のグループが帰ってくると、先生の熱いお説教タイムが始まった。「皆に迷惑をかけた」「時間管理をする子が誰もいないのはおかしい」など、およそ私が予想していた言葉を語った後、そのグループの子一人ひとりに皆の前で謝罪するよう求めた。流石にそこまでさせなくて良いのではないかと思ったが、彼らは「早く解放されたい」という気持ちからか次々と皆に謝罪していった。「遅れてしまってごめんなさい」「皆に迷惑をかけてしまってごめんなさい」そう言ってそそくさと自分の席へ戻っていく。何だかこちらの胸も苦しくなってくる。

 そして、ある男の子の番になった。
その子はクラスの中でもあまり積極的に発言しない子で、音読や発表の時はいつも顔を赤くしていた。今思うと、発言の途中でつっかえることが多かったので、吃音のある子だったのかもしれない。それでも、クラスに友達は何人かいるようだったので、私は少し嫉妬していた。単純に羨ましかったのだと思う。
 先生が「はい、どうぞ」とその子に発言を促した。すると、彼の顔は忽ち真っ赤になった。口のあたりが少し震えている。

 「・・・・・・・・・・」

この静寂にどれほどの思いが隠されているか、私には痛いほど、痛すぎるほどよくわかる。
 「黙っててもわからんよ」
いや、わかるよ。嫌というほどわかる。わかりすぎてつらいんだから、こっちは。申し訳なさを通り越した渦のような言葉のループが止まらない、あの感覚が。
 「甘えてたらあかんよ。ここで勇気出さないと、成長できんよ」
まるで私に向かって言われているような気がして、胸が苦しい。

 「・・・・・・、ご、・・ご、・・・ごめんなさい」
彼は涙をその小さな袋の中に堪えながら言った。しかし、先生は
 「何がごめんなさいなのかを言いなさい」
と厳しい表情で言った。ここまでくると先生に怒りが湧いてくる。もう十分じゃないか。
 「・・・・・・」
多分、彼は頭が真っ白になって何をどう言えばいいのかわからないのだ。
すると先生が、「『皆を待たせて授業を遅らせてしまってごめんなさい』でしょ」と促した。

 「・・・・・待たせて、お、遅らせてしまってごめんなさい」

 正直、先生が「前に出てきて皆に謝りなさい」と言ったときは、「ざまあみろ」という気持ちが少しあった。「あんなに内気な子でも友達がいるなんて。私には一人もいないのに」というしょうもない嫉妬心があったのだ。しかし、これ以降彼を心から嫉むことはできなくなった。彼もまた、無数の言葉を心奥に沈み込ませてきた人なのだとわかったから。



 あなたの熱が「誰か」の熱を奪い去って、「誰か」を凍えさせることもあるのですよ。あなたは気にもせず、一層燃え上がるのでしょうけれど。




つづく




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