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「おめえさん」と呼ばれて

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー

サトさんは、目の前の他人のことを「おめえさん」と呼ぶ。

「おめえさん達はえらいなあ。こんな婆さんの世話をしてくれて」
と、いつもスタッフを労ってくれる。

サトさんの趣味は凄い。
道端に落ちている石や棒切れを拾って来たり、その辺に生えている草を取って来てはオブジェを作っている。
箱庭みたいにして並べたり、マジックで何か描いて並べてみたりしている。

散歩から帰って来て、にこにこしている時は大抵シルバーカーの中やポケットに拾った物を隠し持っているのだ。

この間は拾ったジャガイモから芽が出ていた。
「おめえさん、これ見てごらんよ」
と、嬉しそうにジャガイモの芽を見せてくれた。

「お母さん、何を拾って来てくるの?部屋の中がガラクタだらけじゃない!」

「あら嫌だ、こんなもの拾って来て!虫が出たら大変よ」

「こんなの困るわよ~ 変な匂いがするじゃない」

と、よく娘さんやお嫁さんに叱られている。

娘さん達も完全に面白がっているのだ!

サトさんはいつも笑いながらこう言っている。
「おめえさん達には分からんだろうが、これはわしのお遊びよ。拾ったもんはわしのおもちゃ!へへへッ」

人に何と言われようと自分の世界を思い切り楽しんでいるサトさんを尊敬する。


ある時私は変なことに気づいた。
それは日常の何気ない会話を聞いていて、サトさんが「おめえさん」と呼ぶのは親しい人だけなのかもしれないと思ったのだ。
例えば、電気工事の人に
「あんた誰?」
と、あんたと言って、
「おめえさん誰?」
とは聞かなかったからである。
他にも「あんたなんか知らん」とか「あんた早くしな」と言っているのを聞いたことがある。

使い分けているのか、自然とそうなるのか、はたまた私の勘違いかもしれないが、ただ私はサトさんに「おめえさん」と呼ばれて幸せだと思った。




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