ビューティフル・ネーム
老人ホームでの楽しいエピソードを綴ってます。
「ヨシダヤソジ、ヨシダヤソジ」
食事席に着くと、自分の所に食事が来るまで永遠と自分の名前を呼び続けるじいちゃんがいる。
俺はヨシダヤソジだ!
ヨシダヤソジはここに居る。
ヨシダヤソジに早く飯を持ってこい!
ヨシダヤソジって言ってるんだよ。
こんな風に聞こえる。
ヨシダヤソジさんは嚥下が悪いくせに食べるのが早い。
食事形態がお粥+ペースト状のおかずなので、目の前に運ばれて来たら直ぐにペロリとたいらげてしまう。
少しずつ食べてもらうために、小皿に取り分けて提供しているのだが、
わんこそばみたいに直ぐにおかわりを提供出来るわけもなく、
他の方に配膳しながら合間を見てお皿に移している。
結果、待っている間中「ヨシダヤソジ」を何回も聞く羽目になる。
この人は1日に一体何回自分の名前を呼ぶのだろう?
考えたらそんなに自分の名前をフルネームで呼ぶ人はいない。
直ぐに思いつくのは選挙に立候補した人くらいだ。
それに私が自分で自分の名前をフルネームで呼んだ記憶なんて、
病院で自己確認させられた時とか、電話で何か問い合わせした時くらいじゃないかなあ。
ヨシダヤソジさんは偉いよ。尊敬するわ。
ヨシダヤソジさんは演技派でもある。
いつでもお腹が空いていて、食事以外にも「何か食べたい」とねだる時
喉元に手を当てて、最初は喉が渇いたふりをする。
「ああ、もうダメだ、死にそうだ~ 何かくれ~」
って、苦しい顔をして訴えて来る。
で、スタッフが
「そんな顔したってダメですよ」
と言うと、だらしない、へにゃ~とした顔で笑われる。
その、へにゃ~とした可愛い顔に騙されて、おやつを渡してしまうのである。
特に女性スタッフが騙されやすいことをヨシダヤソジさんは知っている。
「ヨシダヤソジさんのあの顔には負けちゃうね」
「そうそう、ヨシダヤソジさんて笑うと歯がないから・・・
あの顔に弱いのよ~」
ヨシダヤソジさんは甘えん坊だ。
自分でトイレに行けるので介助は必要ないのに、必ずトイレからコールを押して来る。
「ああ、またヨシダヤソジさんが押してる」
「本当だ、またヨシダヤソジさんだ。困ったもんだね~」
って、スタッフはいつでもヨシダヤソジさんをヨシダヤソジさんと呼んでいる。
ヨシダヤソジさんはもう、ヨシダさんでもヤソジさんでもなく、ヨシダヤソジさんなのだ。
ゴダイゴの歌に『ビューティフル・ネーム』っていうのがある。
『名前 それは燃える命 ひとつの地球にひとりずつひとつ』
か、そうだよな~。名前って大事だよなあ。
地球にたったひとりの私なんだ。
だけど、ヨシダヤソジさんみたいに自分の名前を連発することはこれからもないだろうなあと、しみじみ思う。
※私がnoteで発表している名前は全て仮名です。
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