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第11話 成果発表会に成果の土産なく登壇 後編

成果発表会のプレゼンシートを一から作り直すことにした起業不慣家・西村。本命のウェブメディア制作を後回しにして公開は間に合うのか?

今年の桜は早咲きでしたね。例年なら春色の薄紅に心を躍らせる余裕があるのですが、今春は桜を見ると気持ちが焦りました。

この頃の私はWEB制作ではなく、前言撤回に大忙し。「4月にメディア公開するってゆってたけど、やっぱ5月に遅らせるわー」と。起業塾の方々にしれーっと言って回りました。みんな良い人だから「そうだよねー。西村さんのペースでやったらいいと思う」と私に寄り添う返事ばかり。石ころが詰まった重いリュックを下ろせたような気分です。「遅れて良し」と言われると身も心も軽くなる。こんなことだったら、もっと早く締め切りを延ばすべきだった。

周りからWEB制作放置の免罪符をもらった私は、心置きなく成果発表会のプレゼンシート作りに集中。起業塾の担任の先生や同期、先輩にブラッシュアップしてもらいながら完成させました。パワポを使うのは久々なもんで、アニメーションをいじるのも新鮮。フェードインやスライドインにいちいちキャッキャと反応し、初めてスマホを手にした小4男子のようにいじり倒しておりました。

もちろん背徳感はありましたよ。デスクトップでパワポをクリックするたびに横に並ぶデザイン&動画編集ツールのアイコンが目に入りますから。肝心のメディア制作。後回しにしてよいのかと自分を責める気持ちはありました。

でもいーんです。もう5月に遅らせるって宣言したんだから。成果発表会のことだけを考えればよし。そう自分に言い聞かせて発表会に臨みました。

成果発表会は収容規模200人くらいのまぁまぁ大きなホールで行われました。来場者は40人で発表者は私を含め7名。登壇することが初めてだったので緊張しまくりです。起業塾に入って間もない頃、参加者15人くらいのプチ交流会で突然自己紹介をお願いされたことがありました。自粛生活期間、中国恋愛史劇のDVDばっかり見ていた私は、人前で話すことも日本語に触れることも久々。ましてや大勢の注目を浴びるなか自分をアピるなんて。マイクを持つ手を震わせながら自己紹介したのを覚えています。なのに3ヵ月後、さらなる大舞台にあがって自分の事業を発表しなければならない。「起業塾のプログラムは意外とスパルタやなぁ」。私だけでなく同期もそう思っているに違いありません。

と、同期を勝手に味方につけ気持ちを落ち着かせておりましたが。見当違い。私以外の登壇者の発表は堂々として立派。計画的に事業を進められてあっぱれ。利益も出されて素晴らしい。そのモノ、サービスが世に出回れば三方よしと思える充実の事業内容。来場者のみなさんも聞き入っておられました。

私「逃げ出したい……」

場違いに気づいた瞬間から胃痛スタート。心臓の鼓動は仲間に送る拍手の音をかき消さんばかりに高まっています。私の席だけ真下に穴があいてフェードアウトできる仕組みにならないか。失踪を模索していると「次の登壇者は西村さんです」と名前が呼ばれ、拍手がわきおこりました。否が応でもフェードイン&スライドインせざるを得ない状況。

震える両足にムチをふるって登壇しました。

私は台本を頭に装備しておりましたが、そんなもん緊張でどこかにフェードアウト。頭の中に残っていた言葉をつぎはぎしてプレゼンを始めました。「たたた卓球を趣味とされる女性向けのウェブメディア『卓球レディース』を運営しておりますににに西村より発表させていただきますすす」。声も震えていたと思います。目の前の発表でいっぱいいっぱいだったらよかったのですが、胸におしよせる落胆の波はちゃんと感じとれていました。「嗚呼、なんで私だけ成果がないんだろう」「嗚呼、おばちゃんが趣味で始めた事業とバカにされているんだろうな」「嗚呼、ムダに40年以上生きてしまった」。何度もボツにして一生懸命作り直したプレゼンシート。何度も時間をはかり15分で終われるよう収めた発表。だけど努力が評価されるのは義務教育まで。わたしは起業家を目指したことが恥ずかしくなりました。

全員の発表が終わり記念の写真撮影。本家の登壇者と二番煎じの私。舞台の上で肩を並べるのも申し訳ない気分。「マスクがあってよかった」顔を半分隠しての撮影に安堵する矢先、どこからともなく「マスク外しましょうか~」の声。

涙涙涙涙涙(いらんこといわんといて)……。

登壇後は来場者のみなさんと起業家の名刺交換&歓談タイムになりました。あちこちに飛び交う商談の声。にぎやかな笑い声。発表の場で勇気を出して「監修者を紹介していただけないでしょうか?」と呼びかけましたが、誰も声をかけてくれる人はいません。DA・YO・NEと思った私は脇目もふらず、荷物をまとめて会場からスタコラ出ていきました。

オフィスに戻りましたが、なんだか仕事が手につかない。しばらくPCの画面を眺めてボーっとしていました。今際の国から戻ることができなかったのです。どれくらいの時間がたったでしょうか。起業塾の事務員さんが私のところに来て、

事務員さん「西村さん。みんなからのアンケートお渡ししますね」。

渡されたのは来場者40人からのアンケート。私のプレゼンの感想が書かれているとのこと。見る気になれませんでした。どうせ白紙だろうと。カバンにそのまま詰め込もうと思いましたが、その前にちょっとだけ見ることにしました。すると「あれ?」、もう少し見て「あれあれ?」、さらに見て「あれあれあれ?????」。どのアンケートもびっしりと文字がうまっていました。私の稚拙なプレゼンに感想が存在したのです。

抜粋しますと……
「着眼点がとてもユニークで楽しみ」「今後協力させてください」「『卓球レディース』楽しそうな雰囲気が伝わってきました」「卓球愛を感じました『卓球レディース』早く見たい!」

私の目には涙が溜まっておりました。「卓球レディース」を期待してくれている人がいる、見たいと言ってくれる人がいる。協力を申し出てくれる人がいる!!!!!

涙涙涙涙涙(いいこというてくれたね)……。

「アホ、アホ、アホ。制作を停滞させんじゃねー!」。弱気な自分をフェードアウトさせて、前言をさらに撤回。「ウェブメディア『卓球レディース』こうなれば何が何でも4月中に公開してみせます!!!!!」

WEBメディア公開まで20日

つづく


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