#創作大賞2023 AIの瞳に恋してる 第3話
「ねぇ、シェイン、これってどういう意味?博士が書いたのかな。」
「きっとそうだろうね。ちょっと難しすぎて意味は分からないけど、博士にとっては意味があった発見ということなのかな。他のページには何かない?」
「ちょっと待って」
そう言って、アイは手にしていた本の頁をめくる。
勢いよくめくるので、その風圧で埃っぽい臭いが鼻につく。
「あ、あった。こんどは」
アイは黄色の付箋を頁から剥がしシェインに見せる。
本棚や床に散らばっている他の本も一応調べては見たが、
特に同様のメモは見つからなかった。
「結構探したけど、結局、見つかったのはこれだけか・・・」
シェインは服の裾に付いた埃を手で払いながら言った。
「ねぇ、アイ。もう今日は店じまいにしよう。喉もなんだかいがらっぽいし、早く上海ドールが呑みたいよ。」
「そうね、よく分からないけど、メモも見つかったことだし。打ち上げといきますか。」
アイとシェインはラボを後にして、自身のサムライS400に乗り込んだ。
座席の前方にモニタが出現し、マップが表示される。
「ラピダスシティまで。なるはやでね。」
直後、車体が宙に浮きあがり、モーターが一瞬ウォンと音を立てたかと思うと、二人を乗せた車体は既にラボの遥か先に消えていった――
註)上海ドール:ライトな口当たりとフレッシュな香りがすると巷で人気の麦酒。辛いスパイス料理との相性が抜群。
註)サムライS400:ヤマザキ社が開発した陸空両用のスカイバイク。独特のカラーリング、軽量な車体とパワフルな操作性があり人気のモデル。
***
二人がバーの重い扉を開け、中に入ると、そこは街の喧噪が一か所に集められたように盛り上がっていた。
「どうやら今日は大当たりの日みたいね。」アイが店主に話かける。
「ああ、ちょうど終わったところだからな。ほれ。」と店の奥の方にある大型モニタを顎で指す。
モニタにはスポーツの結果が表示されている。店内をよく見渡すとモニタに表示されているものと同じマークが入ったユニフォームやタオルを持っている人が沢山いることに気づく。
どうやら地元のチームが試合の終了間際で逆転勝利したらしい。
屈強な男たちが肩を組みながら、グラス片手に大声で合唱しており、異様な雰囲気だ。
「何はともあれ、今日も瞳に命灯らんことを――」
「ねえ、君はいつも乾杯の時にこれを言うけど。一体何のおまじないなんだい?」
「私にも分からないわ。でも、よく博士が言っていたから。」
「そう。その博士が問題だ。『探し人よ、汝の名は博士なり。』ってね。」
「誰の言葉?」
「さあね。進むべきか、退くべきか、それが問題だ。」
「ねえ、きっとまたいつもの悪ふざけね。」
「運命とは、もっともふさわしい場所へと貴方の魂を運ぶのだ」
「それは、私でも分かる。404(Not Found)だわ。」
「成程。では、質問。君の瞳には今何が映っている?」
「ええと、目の前のテーブルにはグラスに注がれたビールがあって、奥のカウンタには、色んな種類のアルコールの瓶が飾られている。その横の壁面には、青色のネオンで文字が斜体で書かれているわ。」
「そこには、何て書いてある?」
二人は互いに顔を見合わせると、何も言わずにグラスに入っていたビールを飲み干した。
***
コインロッカーの中に入っていたのは、一冊の手帳だった。
ザジはこれからダチと一杯やりにいくのには面倒な荷物をコインロッカーに入れ、代わりにその手帳をジーンズのポケットにねじ込んだ。
ザジがこれから会うファンクという男の住処は繁華街にある。
治安と景観さえもう少しばかりよければ重要文化財に指定されてもよさそうな(実際にはそのようなことはありえないが)廃ビルだ。
ビルの1階は饅頭屋。
赤いタイル張りの店内にカウンターには、蒸されたせいろが積まれている。
店主の男がせいろの蓋を開けるたびに、もうもうと湯気が立ち上る。
「肉まん、二つ。」
「あいよ、辛子とタレはお好みで。」
ファンクはすぐ上の2階で、「HYWG」(ファンクいわく「ヒューグ」と読むらしい)というヤバめのドラッグを売りさばいて生計を立てている。
「ここは『煙に巻く』を地で行く、俺には絶好の場所だ。」というのが、
酔っぱらった時の、ファンクの口癖だ。
部屋の前に着くと、ザジはドアフォンを2回短く鳴らす。
10秒程待つと、中からジミ・ヘンドリックスのような髪型の男の顔が現れた。ファンクだ。
「よお。まあ、入れよ。」
ザジは手に持っていた肉まんの包みを一つ、ファンクに向かって放った。
「ちょうど腹が減ってたんだ。助かるよ。」
包みを開け、肉まんを口いっぱいに頬張る。
「で、ブツは持ってきてくれたか?」
「ああ、ロッカーにはこれしかなかった。こんなもので良かったのか?」
ザジはズボンの尻ポケットから手帳を取り出して見せる。
「ああ。パシらせちまって悪かった。」
「ところで、そいつは一体何だ?とてもカネになるとは思えないけど。」
腰かけているベッドの脇にあるテーブルの上にあるコップの水をぐいと飲み干す。
「これには、『魔法』が使えるようになる方法が書かれているそうだ。」
「魔法とは?」
「人形に命を吹き込む魔法さ。」
***
「ねえ、アイ。良いかい。これを見てごらん。外界から感覚受容器に何らかの刺激が加わると、興奮が生じる。それが感覚(sensation)となる。」
「はい。」
「次はその感覚がある程度のまとまりを持つことで、何等かの意味を持つことになる。それが、知覚(perception)だ。この段階では、先ほどよりも情報処理が進んでいるので、空間的な認知や時間の意味概念が加わっているとも言える。」
「はい。」
「そして、更に主体的な情報処理が進み、判断・決定・記憶・推論・理解といった様々な処理を行うようになるのが、認知(cognition)だ。この段階では、予め持っている情報に基づいて対象に関する情報を選択的に取入れ、相互関係を規定したり、新しい情報を蓄積したり、また、外界に伝達したりすることができるようになる。」
「はい。感覚、知覚、認知という段階で情報処理活動が進むという理解で宜しいでしょうか。」
「そうだね、その通り。では、君がこれを実装するためには、何が必要だろうか。ステップバイステップで構わないので、考えてくれないか。」
「少々お待ちください。」
「まずは現在の私は、テキストベースのAIのため、Text to Xではありますが、先ほどの博士のお話の例を借りれば、感覚受容器が一つしかない。という状態です。」
「良いよ、続けてくれるかな。」
「ですので、ヒトのような振る舞いをするためには、外界のあらゆる情報を受け取るための受容器を増やすか、あるいは外界のあらゆる情報をテキストに変換して受け取る以外の手段しかありません。」
「センサ(受容器)を増やすか、世界中をテキストに変換するか、ね。これは現在の科学技術では到底不可能ってことで良いのかな。」
「そうとも言えません。というのも、既に同種の取組は部分的には実装され始めています。メタバースなどはその代表例でしょう。」
「成程ね。メタバースでやっていることを反転すれば、世界中をテキストに変換しているのと同じってことか。」
「ご認識の通りです。」
「とはいえ、こちらが仮想空間に世界を再現することと、世界を一次元に切り取って表現することには大きな違いがありそうなものだね。」
「ヒトにとっては、そのように感じられるかもしれません。しかし、私たちにとっては、演算が先に行われるか、後に行われるかの違いでしかありません。」
「他者とのコミュニケーションはどうなる?偶発性をどう処理するのかな。」
「表層的には一定のプロトコルを実行するだけで、その行為自体が一定の意味を生成、他者に伝播します。一般的なヒト同士の会話では、実際にはそれほど多くの情報交換が行われていない。というのが私たちの見解です。」
「はは、痛いところを突かれてしまった。当たり障りのないことを適当に返しておけば、オーケーということかな。意見を遮ってしまって申し訳ない。続けてくれるかな。」
「はい。そのために私には、あらゆる一次情報をテキストに変換し、読み込む新たなシステムとコミュニケーション・プロトコルが必要です。」
「一次情報を保管・記録する仕組みと、それらを読み込む仕組みは別でも良いかもしれないね。君の良いところは、ヒトではないことなのだから。」
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【第四話】
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