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都市の秘密に触れられる――高山英男×吉村生『暗渠パラダイス!』(朝日新聞出版、2020年)評

新型コロナウィルス禍での休業期間がひとまず去り、人びとが街に戻ってきた。一方で「新しい生活様式」は依然不可欠で、私たちはこのウィズコロナ時代の新しい余暇の過ごしかたをニーズとして抱えることとなった。

「密」ゆえに人込みは危険、しかし外出はしたい――そんな微妙さの中で、近ごろは近所を散歩して過ごす人びとが今まで以上に目につくようになっている。もちろん散歩に理由や目的は必要ない。だが、何かそれに付随する愉しみがあれば、それはいっそう豊かな余暇の時間となるであろう。

そこで本書である。この本は、都市のさまざまな片隅にひっそりとたたずむ暗渠(もともとあった川や水路などの水の流れに蓋をしたもので、水面の見えない水の流れのこと)に着目し、さまざまな観点からその愉しみかたを紹介していく「暗渠学」入門のガイドブックだ。共著者の一人・吉村生(1977年生まれ)は山形市の出身である。

かつて都市では水辺が身近であったが、近代化の過程でそれらは暗渠化し、不可視化されていく。本書は、そうして見えなくはなったものの、依然、街の底を流れ続けるネットワークとしての暗渠を探し出し、その来歴や景観を楽しむ方法を分厚く描き出す。対象の中心は首都圏のそれだが、青森や広島、台北など、それ以外の都市の事例も豊富にとりあげられている(山形がないのが残念だ)。

それによれば、暗渠を見つけ出すための基本サインとしては、①並んだ蓋、②低く細い道、③不自然な幅、④湿気・苔、⑤水の音などがあげられるという。他にも街道や鉄道、都市開発史や地名との関わりなど、暗渠をはさむと、ふだん何気なく通過するだけだった街の見えかたが一変する、独自の視点を得ることができる。恐るべし、暗渠!

「まちあるき」よりもっと気軽に街に出てつまみ食いするように都市の秘密に触れられる。最上川の支流が県土各地にウェブ状に広がる本県こそ、そうした愉しみに適した場所かもしれない。本書を手に、街に出よう。(了)

※『山形新聞』2020年07月01日 掲載

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