サリン事件の謎 つぶさに――森達也『A3』(集英社インターナショナル、2010年)評
世界中を震撼させた地下鉄サリン事件から15年。事件を引き起こしたオウム真理教の目的、教団捜査の最中に起きた幹部信者刺殺事件や警察庁長官狙撃事件の真相など、膨大な謎の解明が期待されたオウム裁判であったが、結局のところ、それらは審理を通じて明らかにされることのないまま、異例の早さで結審を迎える。かくして、一連の事件の首謀者とされた教団の元教祖・麻原彰晃に対する死刑判決が、昨年9月15日に確定した。
本書は、事件後のオウム教団(アーレフに改称)の等身大の姿を被写体としたドキュメンタリー映画『A』『A2』(それぞれ97年、01年に山形国際ドキュメンタリー映画祭に出品され、後者は審査員特別賞・一般投票による市民賞を受賞)の完結篇。『月間PLAYBOY』誌上での連載に加筆修正を施したノンフィクションだ。
『A』『A2』のユニークさは、教団の内から外に向けて据えられたカメラにより、マスコミや地域社会が信者たちに向ける憎悪と排除のまなざしを鮮やかに写しとった点にある。つまり著者は、オウムを鏡に、私たち自身の姿を記録することに成功する。続く本書も、媒体を映像から文字に代え、同じ方法を踏襲。新たな被写体として選ばれたのは、麻原彰晃その人である。
著者は、麻原法廷での不自然なまでに結審を急ごうとする検察や裁判所の異様なふるまい、そしてそれに加担するマスコミ報道を、裁かれる側に視点を据え、現在進行形で記述していく。一方、裁判が一向に明らかにしてくれないさまざまな謎――オウムはなぜ、いかにして地下鉄サリン事件を引き起こしたのか――を、獄中の幹部信者や出家信者たち、弁護団の人びと、麻原の娘たち、彼の生まれ故郷の人びと、被害者の会の代表夫妻など、さまざまな関係者の証言をもとに、少しずつ、丁寧に解きほぐしていく。
15年来の漠然とした不安と恐怖から正しく決別するために、私たちは、私たち自身の社会が産み落としたこの謎に正面から向き合わねばならない。司法権力やマスコミが直視を避けたさまざまな判断材料が豊富に散りばめられた本書は、私たちが思考を再開する際のテキストとして最適であろう。(了)
※『山形新聞』2011年01月16日 掲載