こだまする 独立の気概――島村菜津『スローな未来へ:「小さな町づくり」が暮らしを変える』(小学館、2010年)評
著者は、イタリア発のスローフード運動を取材し日本に紹介、日本版スローフード運動のきっかけをつくったノンフィクション作家。本書は、そんな著者が、同運動から生まれたイタリア発祥「スローシティ」連合や「イタリアの最も美しい村」連合、日本各地の「小さな町づくり」の先進事例などを丁寧に現地取材した地域づくりノンフィクションである。
本県からは、鶴岡市の「食と農」をテーマとした地域振興――在来作物の研究者と在来野菜の生産農家と地元食材の料理人との協働による「食の都・庄内」のブランド構築――の事例が詳細にレポートされている他、「日本で最も美しい村」連合に加盟する大蔵村や飯豊町の簡単な紹介がある。
スローフード運動とは、世界中に進出していくファストフード・チェーンの猛威に対抗し、住民たちが地域の食をめぐる文化や伝統を守るべく始めた取り組みのこと。地域がもつ多様さや猥雑さ、不透明さを一つの色や形へと強引に鋳直し、均質で透明で画一的なものへとつくりかえていくグローバル資本の力は、食文化のみならず、仕事や生活、まちのありかたなどにまで貪欲に及ぶ。共通しているのは「速さ」すなわち徹底した効率化である。
「スロー(遅さ)」とは、そうした効率至上主義を批判する文脈での定型句だが、しばしばそれは、グローバル化を敵視するナショナルな想像力と結びつけられ、偏狭な排外主義や自文化中心主義の隠れ蓑にもなる。しかし著者は、そうした陥穽を慎重に避ける。本書の事例はどれも地方の「小さな町や村」ばかりだ。彼らは戦後ずっと、ナショナルな権力に生産のかたちを決められ、人口を吸引され、産物を買い叩かれながら生きてきた。「速さ」を強いる敵は今回が初めてではない。当然彼らは、グローバルな力からだけでなく、ナショナルな力からも距離をとり、両者を等しくシニカルなまなざしで見つめざるをえない。この立ち位置こそ「小さな町や村」に独自の構えを身につけさせた環境条件であると言えるかもしれない。
「ないものねだりからあるもの探しへ」「町の自慢はコンビニがないこと」「これからは山村もしたたかに都会から人を連れてくる時代」――これらは本書に登場する「小さな町や村」の地域職人たちの声である。そこにこだまする独立自尊の気概こそ、私たちが彼らから学ぶべき点ではないかと思う。(了)
※『山形新聞』2010年04月17日 掲載
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