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もうそろそろワンチャン蝉鳴く

 風が吹いても体が縮こまず、夜布団を取られても寒く感じなくなってきた昨今、夏の訪れを今か今かと僕は待ち望んでいる。
 夏はいい。緑が生い茂り、海は潮の匂いが立ち込めている。鬱陶しいほどの暑さも止めどなく流れてくる汗も、風呂上がりに飲むビールののどごしが全てを中和してくれる。前世ではきっと寒い思いをしながら死んだんだろうと思うくらいに、僕は夏の暑さと鬱陶しさが好きだ。
 早く夏になって、風鈴の音色に耳を傾けながら金魚が泳いでいる姿を見てビールを飲みたい。格別、人生ここに極まれり。毎日思うだろう。だが少しだけ今年は毛色が違う夏を過ごすことになる不安がある。
 そう、僕は今年茨城を出て上京しているのだ。東京の夏は地獄だと聞く。地面は全てアスファルト、緑もなければ川もない。浮世絵で描かれている地獄を体現しているような街、それが東京。電車などひとたび弱冷房車に乗ろうものならどうだろう、温度の低いサウナのようなものではないか。こんなに貧乏なのに、飛んで火にいる夏の虫かの如くエアコンの効いたタクシーの中に飛び込んでしまう未来すら見える。

 なんて、アンチ東京のようなことを書きながら、内心僕は東京の夏をニヤニヤしながら待ち望んでいる。東京に来るということはどういうことか。今まで蚊帳の外だったテレビでやるような夏のイベント、これが全て自分も対象になる。東京で流行っている夏のスイーツも、でっかい都会の花火大会も、ぜーんぶ自分のもの。いや厳密にはみんなのものではあるが、もうこれは僕のものと言っても過言ではない。夏を愛する僕が、夏にやるイベントに出向こうというのだ。ほかの誰よりも夏のイベントを愛しているこの男が。

 でも一応、僕の喜びだけでは虫が良すぎるからこの場を借りて謝罪しておくことにす 拝啓 電車の席が僕の隣になった夏の日のあなたへ。
 100キロある男が発する熱、さぞ凄まじいことでしょう。毎日ビールを飲んでタンパク質を過剰に摂取する男の体臭、僕には図り知ることができません。
 だから夏は嫌いだと思わないでください。僕のことは嫌いになっても、夏のことは嫌いにならないでください。

敬具
 

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