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【不妊治療】ただ、何も決められない焦りの中にいる

北海道在住アラフォー女性です。
夫婦ふたり家族です。
今年の夏に初めての妊娠と流産を経て、現在は不妊治療お休み中。

これまでの記事です。
ご興味があれば目を通していただけたらうれしいです。


これまで、いわば過去の出来事にまつわることについて記事を書いてきたのだけど、今日は、現在、今後の方針で迷っていることについて書きたいと思います。

8月に流産してから、「いつかまた不妊治療に前向きになれるのだろうか?」ということが、毎日毎日毎日…とにかく毎日、私が考えていることでした。
3カ月以上が経った今、「運良く妊娠できたとしても、流産や死産がこわい」という不安な気持ちは何ひとつ変わっていなくて。また次回も流産や死産だったら、自分は壊れるかもしれないと思っています。

40歳は流産率は40%らしいし、また、誕生日が来てしまう。
凍結した胚は、あと2個。
乳がんを経て不妊治療で妊娠・出産しただいたひかるさんは「寒いところにいる受精卵を迎えに行ってあげないといけないと思った」というようなことを言っていた。当時まだ体外受精が始まっていなかった私にはそのような視点や感受性はなかったので驚いたのだけど、確かに受精卵は命のもとである。

不妊治療専門クリニックに、やっとの思いで流産を伝えるため電話した時。
「凍結した卵は年を取らないから、気持ちが向いたらまた治療を再開するといいと思う」と看護師さんは励ましてくれたけど、そんな日は来るのだろうか。
ずるずるずるずる毎日ひそかに悩みながら、趣味や仕事で楽しみややりがいもそれなりに感じながら、時間の経過とともに気付いたら諦めている流れになってしまうのではないか。

流産をくり返して出産した友達もいる。
私は、どうしてこんなに気持ちが弱いんだろう。
もっと強かったら、私も先に進めたかもしれないのに。

このまま夫と二人家族でも幸せだと思うし、年をとってホルモンバランスによる心身の揺らぎにも拍車がかかっている気がしている。
そういう時は特に、これから妊娠・出産・育児なんてできるんだろうかという不安が大きくなってくる。やめるならやめてもいいのかもしれない。

だけど、やめるとも決められない。

お母さんになりたかった。
それが意味することが「子どもを産みたい」なのか、「子どもを育てたい」なのか、わからなくなってしまった。

不妊治療を本格的に開始した頃、特別養子縁組についてもたくさんの本を買って調べた。
子どもに関わる医療や福祉の仕事をずっとしてきた私たちは、30代なかばで結婚した頃「できなかったら養子でもいいよね」と話していたのに。いざ、それを視野に入れるべき段階に来るとなかなか気持ちのふんぎりがつかない。何もわかっていないだけだった。

先日、夫が送ってくれた写真


最近ずっとお気に入りで聴いている曲。

前へ 前へ 数㎝でいいから
耐えて 前へ 立ち上がることの意味を知るために
人は転んだり 涙したりするんだろう
それくらいが上等だろ また立ち上がろう

高橋優「虹」



はぁ。立ち上がりたい。
気持ちを切り替えないと。

それに、こうやって何かで頭の中がいっぱいになっていると(自覚なし)、とんでもないドジをやらかして自己嫌悪感ハンパないことになるから、気を付けなくては!
(昨日は、歯医者に間違えて1時間も早く行ってしまい。時間つぶしで入った喫茶店で超かわいいクリスマスのオーナメントを買うも、歯医者までの5分の道で落として失くしてしまい。最終的には、診察後起き上がったときワンピースの下にスカートをはいているのを発見し、血の気が引く。普段の不注意はここまでじゃないのだけど、心身の調子が落ちると、短所が際立ってしまうものです…)

基本、ネガティブな私。noteはポジティブに使いたいと思っていたのに、モヤモヤを吐き出してしまいました。
ここまで読んで下さった方、グチに付き合って下さり、ありがとうございます。


次は、何かよいことを思い出すために、この3か月不妊治療をお休みしている間に自分が頑張っていたこと(妊娠しやすい体作りとかではない)を書きたいと思います。


(つづく)

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