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小説・強制天職エージェント㉘完

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エピローグ

小早川は、前日のことを思い出していた。

八重子とはメールや電話で連絡を取り、継続の意向を確認して仕事は終了していた。しかし、お礼に一度会いたいという八重子の希望で、事務所で会う約束をしたのだった。

事務所に訪れた八重子を見て、小早川は驚いた。言葉ではうまく言い表せないが、はつらつとした空気をまとっていた。少し前に会った人物と同じには思えなかった。言葉を交わすと一層それが顕著だった。

「自分1人だったら秘書なんて絶対に選んでいませんでした。仕事がこんなに楽しかったなんて。これから頑張れそうです。小早川さんには本当に感謝しています」

「私は環境を整えただけです」

ふふ、と八重子は笑った。
「最近では、社長と事業計画の話なんかもしているんですよ。といっても、雑談レベルですけど。社長が何となく考えていること──、まだ正式に発表するまで固まっていないアイデアの種を私に話すんです。私も興味があるものだから、結構盛り上がったりして」

「すごいですね」
山田は八重子の潜在能力を引き出すのがうまい。元々、優秀な八重子の事だ。もしかすると将来、参謀のような立場になることもあるかもしれない。

「あと、これはプライベートな話なんですけど、この3か月で彼氏もできました」

「それはそれは」
─八重子には、まだ自分と水島との関係は言っていない。仲が深まれば、そのうちばれるだろうが、もう少し内緒にしておく方がいいだろう。
小早川の演技に不自然な様子はなかった。

「ちょうど私の入社時期にコンサルタントで来ていた、水島さんという方です。ちょっと突っ走ってしまうところもあるけど、真っ直ぐで優しい人です」

「そうですか」
小早川も、落ち着きのある八重子と猪突猛進な行動派の水島は、バランスが取れて良さそうだと思っていた。「うまくいくといいですね」

「ええ。ところで」
すこし溜めてから、八重子はいたずらっぽい笑顔で、小早川の顔をのぞ込んだ。「水島さんとはお知り合いですか?」

予想していなかった台詞に、相手に分からない程度に動揺した小早川は、「いえ」と短く答えた。

「ふーん……。まあ、いいですけど」
八重子の瞳がキラリと光り、小早川は一瞬、心を奪われた。

—彼女、こんなにきれいだったっけ? 仕事のおかげだろうか。いや、水島の力も大きいだろう。女は変わるものだな。自分だったら、彼女をここまで変えることができただろうか?
らしくもない思考がよぎった。

水島は自分にはないものを持っている。あいつのようになりたいとは思わないが、真っ直ぐな性格がうらやましいと思わない訳でもなかった。水島はいい仕事をした──。

「小早川?」
水島の呼ぶ声で、現実へ引き戻された。

「ああ、ごめん。そういうことで水島、これからもよろしく頼む」

「なんだよ、そういうことって」
水島は吹き出した。「まあ、よろしく。でも、いつもお前の思い通りに動くと思うな。次はオレがお前を出し抜いてやる」

水島が手にしていたジョッキを差し出すと、小早川もウイスキーのグラスをコツンと当てた。
「ご自由にどうぞ」

頼りにしているよ。

小早川は心の中でつぶやいた。

<完>

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