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小説・強制天職エージェント㉗

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小早川の作戦は巧妙だった。

水島が八重子に気がある気配を感じ取るや否や、2人を接近させるシチュエーションに持っていくために、山田にある依頼をしていた。
「八重子を短期間で追い込んで欲しい」と。

八重子の仕事量を山田がどんどん増やしたのは、小早川の指示だったのだ。八重子が割った花瓶は何の記念のものでもなかったが、さも大事なものであるかのように振る舞った。加奈が翻訳を沙織にやらせてはどうかいう提案に来ると、敢えてすぐに乗った。

申し訳なさもありつつ、八重子のためという小早川の言葉を信じ、また秘密の任務遂行という役割は山田の童心をくすぐった。仕事も遊びも手を抜かない山田の働きは小早川の期待以上の結果となった。

先日、小早川がふらりと会社に来たのは、八重子ではなく山田に会うのが目的だったのだ。

自分は小早川の手の平で踊っていたのか——水島は愕然とした。

「じゃあ、もしオレが瀬戸さんを好きにならなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「作戦2に変更だ。彼女に少しでも興味を持つ奴を探して、そいつに応じた状況を整える」

「一体、何なんだよ……」
水島は疲れてきた。

「あらゆる可能性を考慮して、準備を整えておかなくちゃいけないからな。それが仕事ってもんだ」

「お前の素晴らしい仕事ぶりは、よく分かったよ。でも仕事、仕事って。仕事さえ成功すれば、何やってもいいのかよ」

「仕事は、依頼してきた客のためにある。その客は、自分の幸せをかなえて欲しくて、うちにやって来る。僕は仕事の向こうにある人の幸せを手助けしているつもりだ。彼女はこれまで自分が信じてきた価値観を破って新しい道を見つけ、君という恋人を得た。山田社長だって、彼女が秘書に来てくれて助かったと言っている。それに、結果的に君も良かっただろう?」

「まあ……そうだけど」

「それに、君にも適した仕事を見つけた、ともいえる。君を必要としている人のそばにいるのも、立派な仕事だよ。給料は出ないけど」

「あーあ、もう分かったよ。彼女と付き合えてよかった。そういうことにしておこう。お前には敵わないよ」
水島は天井を仰ぎながら投げやりに言った。

小早川のいう事は確かに一理ある。でも、問題はそこではなかった。完全に小早川が上手だったことが、悔しかった。

「そんなことはない」
と言った後、意味ありげに微笑んだ小早川に、水島は気づいていなかった。

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