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小説・強制天職エージェント㉒

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「それで、どうして秘書になったわけ?」

「彼女の性格は、サポートが向いていると思ったからだよ。高校の時、マネージャーだったのは君も聞いただろう? 先生も感心するほどだったというじゃないか。マネージャーは向き不向きがあるからね。前に出たいタイプの人間は、マネージャーなんてせずに選手になる。マネージャーの中には、選手を近くで見たいだけ、という人も少なくないが、彼女は少し違う」

「そうなの?」

「ああ。裏方の仕事を全力でやって、そこにやりがいを見出すタイプだ。その傾向は、大学の研究室や前職でも発揮している。自分の仕事をやりながら、常に周りを見ていた。彼女がやる必要のない実験などもして、協力することすらあった。自分の成果より近くの人を助けたいんだよ」

「なるほど。確かに……」
水島は納得した。ここまで調べ上げて、考察を練って決めた仕事が秘書だったのか。自分はそこまで考えなかった。

「でも、なぜあの会社なんだ。化学メーカーならどこでもよかったんだろ? オレも行ってみて初めて分かったけど、あそこの秘書は大変だよ。お前、仕事内容とか知ってたのかよ。社長が知り合いだからって、適当に決めたんじゃないのか?」

「そんなことはない。総合的に見て、あの会社を選んだ」

「でも、彼女には合ってないと思う。彼女は完璧主義で繊細だ。社長はおおらかで優しいが、そういう性格まで分かっていない。何も言わないことをいいことにむちゃくちゃな仕事量を頼むし、説明もなしに彼女の仕事を奪って適当な子にやらせたりしている」

「そんなことは、慣れていけばいい話だ」

「いや、あの子は耐えられないよ」

「なぜ、そう決めつけるんだよ」

真っ直ぐこちらを見る小早川と視線がぶつかり、水島は目をそらした。
「お前より、彼女と一緒にいる時間が長いから分かるんだよ」

「それだけか?」
挑発的に放った小早川の一言に、かっとなった。

「彼女の事が好きだからだよ」
水島は声を荒げた。

先日、釘を刺されたばかりだったので、言うつもりはなかったのだが、つい口が滑った。しかし、小早川は好意を抱いた事実の善し悪しには触れなかった。

「好きだから分かるって? 逆じゃないのか。冷静に物事が判断できなくなるんじゃないのか?」

「そんなこと、お前に言われたくない」

ひた隠しにしてきた本心を暴露してすっきりしたおかげで、水島は気持ちがおさまり声のトーンも元に戻った。

「で、どうするつもり?」
小早川は淡々としたものだった。

「今回の仕事は失敗だ。彼女は続かないと思う」

「そうか」

「彼女の為にも、それがいいんだよ」

「……」

いやな間だ。小早川が何かいい返す方がまだいい。最後に、これも言っておこう、と水島は付け加えた。
「彼女が辞める前に、気持ちを伝えるつもりだ」

「好きにしろ」
小早川がぶっきらぼうにいい放つと、水島は何も言わずに事務所を後にした。

水島は自分が間違っていない自信はあったが、後ろめたい気持ちもあった。外に出ると、体を吹き抜ける風が強く、いつもより冷たく感じられた。

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