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なぜ戦争を研究する人々は政策によって戦略の成否が決まると考えるのか

戦争や安全保障を研究する専門家にとっては当たり前のことですが、そうではない人にとって理解しにくい事柄として、政策と戦略の関係があります。政治と戦争の関係と言い換えることもできるでしょう。

大型連休でオンライン帰省していた友達と戦争学の研究、特に戦略の考え方が話題になり、ちょっとした議論になったのでそのことを書き残しておこうと思いました。政治学と戦争学が非常に密接な関係にあることが分かる内容ではないかと思います。

19世紀にナポレオン戦争を経験したプロイセンの軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツは『戦争論』という著作の中で、戦争が政治の道具であり、軍隊は戦争の道具であるという整理の仕方をしています。つまり、戦争は突き詰めれば政治上の目的を達成するための手段にすぎず、戦争において軍隊が採用する戦略が成功したかどうかは政策によって決まると考えたのです。

一般に戦争学の研究では戦場において部隊の戦闘行動を分析するために、敵と味方が被った損耗の比や、戦闘の結果として前進できた距離の大きさ、あるいは任務の内容に注目することが一般的ですが、クラウゼヴィッツはそれらはいずれも非政治的な判断基準であり、極めて限定的な形でしか成否を判定できないと考えました。

軍事行動の究極的な成否は政治の基準でしか評価できないというのがクラウゼヴィッツの立場でした。勝利や敗北という伝統的な軍事用語を戦略の分析で使うことに反対していたほどです。戦略的な勝利、あるいは戦略的な敗北という考え方、クラウゼヴィッツの立場から見て適切なものではありませんでした。

ここで一つの例を考えてみます。大国として赤国と青国が存在しており、兵力比でみれば赤国の方が量的にも質的にも劣勢だと想定します。(これは計算の問題ではないので、特に兵力を数値的に想定しなくても大丈夫です)両国の中間位置には青国軍の駐留を受け入れている同盟国の黄国が存在するとします。黄国の兵力は赤国よりも小規模であり、限定的な戦闘力しか発揮できないとします。

このような情勢で赤国の国内で分離独立を目論む小規模な武装勢力が蜂起し、青国がこれを軍事的に支援するという立場を表明すれば、赤国は難しい問題に直面します。赤国の政策として、国内の武装勢力の蜂起は無条件に武力で鎮圧し、分離独立を絶対に許さないというものだとします。もし青国の軍事援助を受ければ、武装勢力は戦闘力を強化し、より長く抵抗を続け、赤国の領土の一部を奪う恐れが出てきます。この問題を解決する合理的な方法として考えられるのは、赤国の兵力の一部を使って黄国に対する武力攻撃を加えることです。

これは突拍子もない戦略というわけではありません。先ほど述べた通り、黄国は青国が赤国の武装勢力に接近するための基地を提供しており、限定的な戦闘力しか持っていません。黄国単独であれば赤国の兵力で対処が可能です。もちろん、青国はこのような赤国の軍事行動に対して即座に駐留兵力を使用して対処するでしょう。結局、青国の来援を受けて黄国は赤国の攻撃を撃退し、赤国は敗北によって兵力の一部を失うかもしれません。しかし、この戦闘行動を通じて、武装勢力に対する青国の軍事援助を遅らせ、あるいは遮断することができれば、武装勢力をより迅速かつ確実に鎮圧することが可能になるため、最終的に赤国が意図した事態になると考えられます。

このような状況から分かるのは、戦略において重要なことは個別の戦闘の勝敗ではないということです。むしろ、敗北が予測できる局地的な戦闘をあえて実施した方が、戦略的に見れば合理的な場合がありえるのです。赤国の戦略で最終的に達成すべき目標は、武装勢力の蜂起を鎮圧することであり、その尺度は政策によって規定されています。赤国が黄国に対して武力攻撃を加えたことでどれほど大きな損耗を出したとしても、そうしないことによって青国の軍事援助を受けた武装勢力との長期戦で予測される損耗に比べれば、まだ少なくて済むならば、その損耗を戦略家は許容可能だと判断します

しかし、もし国の政策が違っていれば、このような戦略に対する評価はまったく違ってきます。例えば、赤国が青国がいずれも核保有国であるため、軍事的緊張を高めることは核戦争にエスカレートする恐れがあるとします。このような想定を追加すると、赤国は、分離独立を阻止することと、青国との危機管理という異なる二つの政治的目的を同時に達成できるような軍事行動を戦略として選択しなければなりません

黄国に対する武力攻撃を加え、黄国において青国と赤国が局地戦を繰り広げる戦略は、このような場合に合理的な選択肢ではなくなります。もっと別の発想で事態に対処することを余儀なくされるでしょう。赤国は青国の軍隊を別の地域に牽制できるような別の第三国と連絡をとり、軍事的な示威活動を強化するように要請するかもしれません。あるいは、外交的な手段を通じて青国の政府に軍事行動を思いとどまらせるようなメッセージを送ることも考えられます。

学術研究としての戦略に関する議論はこれだけでは終わらないのですが、ここではクラウゼヴィッツの戦略に対する考え方を想定状況を使って紹介してみました。詳細について興味がある方は、戦争の三位一体モデルに関する過去の解説記事をご確認ください。

国家の対外政策がどのように決まるのかという問題に関しては、政治学の領域の話になるので、それはまた別の機会に説明してみたいと思います。クラウゼヴィッツ自身が政治について考察していることについては、以下の解説記事で確認することができます。


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