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山の民は自由を愛し、抑圧に抵抗する:モンテスキューの政治地理学

フランスの思想家シャルル・ド・モンテスキュー(1689~1755)は、その民族がどのような地域に住んでいるかによって、規範、法律、さらに政治体制までもが影響を受けると考えていました。

今回は、モンテスキューの政治地理学の考え方を紹介するため、『法の精神』の第18編で論じられた山岳民族の考察を取り上げたいと思います。

大きな資産を持たない山岳民は争いを恐れない

まず、モンテスキューは、ある土地で人々が保有する資産の大きさに着目しています。もし肥沃な農地に恵まれた住民であれば、彼らは自分の農地を手放すことを惜しみ、またそれが損なわれることを恐れるはずです。

その結果として、彼らは支配者と争うことを避け、自由の精神を手放すことになるでしょう(3巻117頁)。つまり、人々にとって農地を持つことの代償として、政治的な自由を犠牲にしているのだとモンテスキューは説明しています。

しかし、険しい山岳地帯で暮らす人々は、そもそも平地で暮らす人々のような大規模な農地を所有していません。山岳民族は支配者に歯向かうことで大きな農地を失うことはありません。そのため、彼らは自らの共同体の自由の方に重きを置き、支配者と武力で争うことをいとわないとモンテスキューは考えました(同上)。

山岳民を支配し続けることは軍事的に難しい

そもそも、肥沃ではない土地で暮らす人々は、普段の厳しい生活から勤勉な態度を身に着けており、さまざまな労苦によく耐えているので、戦争に適した体力と技能を有しています(同上、119頁)。彼らは大規模な兵力を有することはめったにありませんが、一人一人が優れた戦士としての資質を持っています。

さらに、山岳民族には侵略者の軍隊に対して、険しい山地に陣地を構え、防衛が可能であるという戦略的、戦術的な優位があることも指摘されています(同上、117頁)。山地に進出した侵略者の軍隊は、現地では兵士の糧食や軍馬のまぐさを大量に調達することができないという問題にも直面します(同上)。

山地に侵攻するために大規模な物資を後方の基地から前線の部隊まで輸送するために費用と時間がかかるため、いったん持久戦に持ち込むことができれば、兵力で劣っていたとしても山岳民族に勝機が見込めるのです(同上)。このことから、山岳民族は中小国であったとしても、自らの政治体制を維持しやすいことが言えます。

まとめ

モンテスキューの考察によれば、山岳民族の生活環境は、自由という価値を重んじる姿勢を強化していると考えられます。人々の暮らしが大規模な農地に依存しないこと、武力攻撃に対して抵抗できる余地が豊富にあることが、その理由です。ちなみに、モンテスキューは山地だけでなく、土地を耕さずに生活を営む民族や、大軍を送り込むことが難しい離島に住む民族も、共同体の自由を維持することを重視する傾向にあると論じています(120頁)。

現代の研究と照らし合わせると、その地域の地形や気候によって、その地域の政治体制を常に正しく推測できるわけではありません。しかし、その地域の農業生産の形態が政治史に長期的な影響を及ぼしてきたことを裏付ける研究は出てきているので、モンテスキューはこうした視点を先取りしていたものと考えることができるでしょう。

見出し画像:Green Leafed Trees during Fog Time

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