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歴史を学ぶ

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歴史に関する記事をこちらにまとめています。
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#戦術

論文紹介 軍事作戦において指揮官が認識すべき情報の意義と限界

マイケル・ハンデル(Michael I. Handel)は軍事学の分野で情報戦に関する業績を数多く残した…

メモ 日露戦争の観察から示されていた間接照準射撃の重要性

日露戦争(1904~1905)の戦術を調査すると、それが多くの面で第一次世界大戦(1914~1918)の…

論文紹介 戦争の複雑性とマーケット・ガーデン作戦の敗因

軍事学の研究では戦争の結果は完全な予測が不可能であり、複雑性に富んだ現象であると考えます…

メモ 訓練と経験が部隊の戦闘力に及ぼす影響:ラ・エ・デュ・ピュイの戦闘(1944)

1944年7月3日、北フランスのノルマンディー地方に上陸し、内陸方面に向かって前進を開始したア…

論文紹介 19世紀の長い平和の後で英国海軍の戦術能力が大きく低下した理由

イギリス海軍はナポレオン戦争(1804~1815)を通じて数多くの戦闘に参加し、その能力の限界に…

メモ 機甲師団はどのような編成で運用されるべきなのか?

1955年に主権を回復し、再軍備を開始した西ドイツは、北大西洋条約機構(NATO)の一員としてソ…

第四次中東戦争を通じて米海軍が見直した空母機動部隊の戦術運用

1941年から1945年まで続いた太平洋戦争を通じて、アメリカ海軍は空母を中心に編成された機動部隊の軍事的な重要性を深く認識するようになりました。しかし、第二次世界大戦が終わってからは、アメリカ海軍に空母機動部隊で対抗できる国家は見当たらなくなっていました。アメリカ海軍は潜水艦発射弾道ミサイルとそれを搭載した原子力潜水艦から成り立つ核戦力を重視するようになり、空母打撃部隊の運用に対する関心は低下していきました(Rubel 2014: 68)。 しかし、1973年の第四次中東

メモ フォークランド紛争の事例で考える対潜戦の重要性

1982年3月、アルゼンチンが南大西洋のフォークランド諸島を攻撃し、軍事占領に成功しました(…

情報技術の視点で20世紀の海軍史を捉え直すNetwork-centric Warfare(2009)の紹介

ネットワーク中心の戦い(network-centric warfare)とは、遠く離れた離れた部隊を広域的な通…

クリミア戦争でロシア軍がセヴァストポリの陥落直前に試みた反撃の悲惨さ

クリミア戦争(1853~1856)で激戦が繰り広げられた戦場の一つにクリミア半島のセヴァストポリ…

メモ 技術が戦闘に与える影響を適切に分析することの重要性

以前、プロイセン陸軍の参謀総長を務めたヘルムート・フォン・モルトケが、19世紀の火器の性能…

論文紹介 第一次世界大戦が始まる前に以前の戦術を刷新できなかったのか?

第一次世界大戦(1914~1918)に参戦した国々は、いずれも戦闘で多数の損害を出しましたが、そ…

メモ クラスター弾などの無誘導爆弾だけで戦局を一変できるわけではない

クラスター弾とは、複数の子弾を内蔵し、それを目標に向けて散布できるように設計された砲弾、…

20世紀初頭の軍事学では空間と戦力の関係をどう分析していたか

軍事学史では空間と戦力の関係に関する考察が数多く書き残されています。例えば19世紀にプロイセン軍人のカール・フォン・クラウゼヴィッツは部隊の規模とそれが占領できる面積との間に一定のパターンがあると論じています。 ただし、クラウゼヴィッツ自身がその比率を具体的に示したことはありません。戦闘の空間的な広がりに対する最適な戦力密度に関する考察は専門家としての直感の域を出るものではありませんでした。議論の前提となる用語が曖昧であったこと、実証的な研究を基礎づけるデータや事例が決定的