どうすれば「詩」と「私」の距離感をうまく取れるんだろう?

「最近、短歌に興味があるんだよねー」
 飲み会での昔の元上司の発言だった。

 彼女は、有名外資系企業のマーケティングで頭角を現し、幾つかの転職を繰り返して、現在は某上場企業でChief Marketing Officerで働いている。深夜まで働き続けられるハードワーカーであり、独自のコンセプトを実現させるマーケターであると同時に、「天然」な人でもあった。
 彼女は、最近「光る君へ」を観始めたら、短歌が面白いということに気が付いたらしい。そして、自分でも作ることに興味があるという。一緒に飲んでいる元同僚・部下たちは「へー」という感じで話を聞いている。
 私自身は、短歌に関心があった。一時期は、現代短歌が面白くなり、他色々な歌集を読んでいた。平安時代の短歌集や研究書を読んで、1つ1つの言葉に織り込まれた文脈の深さに驚くこともあった。手慰み程度に自分で作ってみることもあった。
 そんな話をしたところ、上司の顔が輝いた。

「**(私の本名、下の名前)さん、短歌投稿するLINEグループ作ってよ」
「なんかテーマを出してもらって、みんなで投稿しようか!」

 ……おおう。
 予想していない展開になった。

*    * *
 
 翌々日、元上司から自作の短歌と「どう?」と書かれたスタンプが届いた。
 「どう?」というスタンプは、サングラスをかけた猫が木にもたれかかってドヤ顔をしていた。ゆるめのイラストも相まって、何とも言えないシュールさだった。
 LINEで送られてきた短歌は飲み会で聞いた内容をほぼ散文で書いたような、素朴なものだった。素朴がゆえの愛嬌みたいなものがあった。とはいえ、「かわいい短歌ですね!」と尊敬する上司に伝えるのも、なにか違う気がしていた。

 なら、短歌を返すか、と思った。久々に作ってみるのも楽しいかも。
 時間が取れる電車移動の時間に考えてみた。振動に合わせて、普段使わない頭の部分を回転させる感覚。

 上司を真似て、飲み会での一場面で作ってみようと思ったがうまくいかない。色々と書けそうなネタを考えていると、子どものことなら書ける気がした。子どもと遊んだり時に感じたことは、そのまま流れていってしまうことが多い。それをうまく言語化できれば自分としてもうれしい。読み返して思い出せたらもっと嬉しい。
 そうして直近の子どもであったエピソードを元に短歌を書いて、上司に送った。送信ボタンを押すときはやや恥ずかしさがあったが。

 折角書いたなら、X・旧Twitterのアカウントにも乗せてみるか、と思う。「#短歌」のハッシュタグで調べると、縦書きで短歌を書いた画像が多く出てくる。書いた短歌を縦書きにすると、より「それらしく」なって少しうれしくなる。
 Xで送信ボタンを押すのはより緊張した。

 だが、そのままXを読んでいて、どうにも落ち着かない気持ちになってきた。「フォロー中」の様々なツイートを見て、その中に自分の縦書きの短歌があるのを見る。なんだか、そのタイムラインに沿わないような気がしてくる。

 そして、数分後。
 短歌を乗せたツイートを取り消した。
 タイムラインから私の作った短歌は消えて、誰の目にも触れなく消え去った。

 *    * *


 あの「落ち着かなさ」はなんだったのだろう?

 まだ完全に言葉には出来ないけれども、普段いる自分との乖離だったような気がしている。

 仕事でも、日常の友人関係でも、Xでさえも、それぞれの場で普段様々なふるまいをしている自分がいる。そして、その周りとの人間関係がある。
 そこで出している自分と、「短歌」という形式がしっくり来ていないのだと思う。

 この「短歌」を「エッセイ」に置き換えてみたら、どうか。
 日常の友人や、Xならば、「落ち着かなさ」はあまりない。Xでも普通に共有しているし、少し笑いをまぶせれば仕事の同僚にも見せられると思う。

 ただ、今回描きたかったものは、子どもとの日常であり、書いたものもエッセイにするならば、他の人にも抵抗なく見せられる。脳内シュミレートしてそう思う。

 そして、不思議な感覚なんだけど、例えばXで短歌専門の別アカウントを作って匿名で投稿するならばそこまで心理的な抵抗はない感覚がある。実際、そういうアカウントを作ろうか少し考えた。

 であれば、たぶん、普段見せている自分の中に「短歌」の要素がないことが理由なんだろう。
 でも、それは自分の中にあるし、ごく稀に書くエッセイにその要素は含まれていると思う。
 ただ、短歌という形式はなんだか居心地が悪い。

 恥ずかしがらなければいいじゃない、と自分のある部分が呟く。
 でも、抵抗はある。やはり、ある。

*    * *


 その後、元上司の再PUSHがあり、私はLINEグループを改めて作った。私が呼べていなかったメンバー、飲み会に参加していなかった元同僚までメンバーが追加されているのを確認した。ちなみに、元上司が投稿した短歌には誰からもリアクションはない。テーマを送っても元上司以外からは返事はなさそうだし、自分が送るのも気恥ずかしい。

 さて、どうしようかな。
 やや頭を抱えている。

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