熟成された恐怖が毒のように全身を廻る…長らく著者の元で秘蔵されていた曰くつきの長編たち『実話怪談 凄惨蒐』(神沼三平太)著者コメント+試し読み1話
「阿修羅みたいな首がみっちり…」
幼児三人が死亡した事故物件。
毎晩九時に割れる花瓶。
ミルクの哺乳瓶を供えると…(「瓶」より)
瘴気漂う不穏な怪異13篇!
あらすじ・内容
●山賊の末裔だという元・絵のバイヤーが語る自身の業と、持っているだけで死ぬ絵の話…「虫のしらせ」
●子供の白骨遺体が出た廃墟に棲みつく老婆の噂。探検に行った子供らが見たものは…「化け婆の家」
●蔵から出てきた大小2つの木箱。中には300年に亘る一家繁栄の秘密が…「約束」
●夜9時になると花瓶が割れる事故物件。水のペットボトルを置くと中に恐ろしいものが見えて…「瓶」
●インド人の霊が出ると聞きつけた廃墟に夜行ってみると、テーブルの上に熱々のナンが。だが昼間訪れるととんでもない事実が…「チーズナン」
●手首に2本の数珠をつけた男。彼の周りでは数珠が切れるたびに人が死んでいく…「数珠の主」
ほか、阿鼻叫喚の奇怪な13話を収録。
著者コメント
寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。神沼です。 昨年10月からの連続5ヶ月刊行の6冊(呪術怪談・湘南怪談・恐怖箱 亡霊交差点・実話怪談 玄室・実話怪談 牛首村・実話怪談 凄惨蒐)のための原稿もひと段落というところで、本記事は今回の本に関してのコメントとなります。
昨年まで8年連続で出させてもらった単著は、「恐怖箱 崩怪」から始まる怪シリーズも、「実話怪談 怖気草」から始まる草シリーズも、「4冊で一組100話」というコンセプトだったという点は、去年の「実話怪談 吐気草」のあとがきでも記した通りです。このコンセプトを忠実に守り、8年かけて百物語を2周させていただいたのでした。
さて今回、新シリーズということで開始された「実話怪談 凄惨蒐」に関しての話となりますが、まずはコンセプトレベルから違いがあるという話になります。手持ちの聞き集めた怪異体験から厳選しての紹介となるという点では前回までのシリーズと共通ですが、特に「器」の方で用意している仕掛けはありません。逆に言えば、どんな尺の話でも好きに収録できるということになります。 4冊で100話と決めてしまうと、どうしても一冊に収録できる話数が25話前後に限られてしまいます。だいたい一話が8ページから10ページ。中にはそれよりも長い話も短い話もありますが、それでも収録できる長さに限界はあります。
一方で手持ちの話には、その制限を超えるものもある訳です。たとえば「呪術怪談」に寄稿した「ステッカー」は19ページ。「実話怪談 玄室」に収録された「レインコート」が17ページ。「実話怪談 牛首村」に寄稿した「ホテル廃墟」は実に23ページといった具合です。 タイミングとテーマと尺が合えば、「恐怖箱」のテーマ限定怪談アンソロジーに寄稿する形でも発表できますし、実際過去にも21ページで一話のような形で発表している話もあるのですが、こちらも限界が20ページ前後。 もちろん長ければ良いというわけではありませんが、その長さが必要な怪談もある、という話です(一方で一話を130文字程度で語るという試みは、本年五月刊行予定の「千粒怪談 雑穢」という書籍にまとめる予定です)。
さて、本書の話に戻りますと、「凄惨蒐」には今までになく長い話が収録されています。これには「落穂ひろい」といった意味もあります。なんといっても取材させていただいてから、10年近くの時が経ってしまいましたので。逆にいうと、神沼が好きにできる場所を用意するのにこれだけの時間を掛けた、という話でもあるのです。 そのタイトルは「数珠の主」というもので、本書の最後を飾っています。連作実話怪談として別々の話にしても良いという許可は得ているのですが、この話はあえて一つのタイトルで収録しました。著者の数ある怪談の中でも、最長のものになりました。
と、ここまで綴った段階で、体験者である舘さんから連絡が入りました。平日の真昼間ですから、何事かと思って要件を訊ねますと、「数珠の主」に出てくる車の話だというではありませんか。 実は本作に含まれる重要なエピソードの一つに、事故車の話が出てくるのですが、その車は最終的にカーオークションで引き取られて、パーツに分解されていくのだろう、という形で決着がついていたはずだったのです。作中でもそう書いてあります。 その車がどうしたのかと舘さんに問うと、実は知り合いからお前が何十年か前に乗ってた車が、中古車屋にあると連絡を受けたというではありませんか。寝耳に水です。 当然、舘さんとしても、そんなことはあり得ない。あの車はカーオークションで売ったし、とにかく20年も前の話なのだから、変なことを蒸し返さないでくれと知り合いに言ったというんですよ。でもその知り合いも、あの時の車は印象深かったから間違えるはずがないと、引かないんですね。 当時人気車種だったこともあるので、中古車でも弾数はあるはずだから、よく似たカラーリングの別の車だろうと伝えたが、知人はお前のだと一歩も引かない。それなら見にいこうという話になった。 中古車屋の裏にこれからスクラップになる予定の車が積み重なっている、一番上にその車がある。道から見てみると、確かに車種は一緒だが、やはり自分の車とは違う。色々と取り付けられたパーツも純正のものになっている。
「あれは俺のじゃないよ。俺が手配した時には、色々とパーツを変えてあるしさ」
内心ではまさかなと思いながらも、さすがに素直に受け入れ難いこともあって、舘さんはやはり否定する。すると、知人が「車体番号聞いてくるわ」と言って店に入っていったらしいんですよ。 しばらくして、その番号を手に戻ってきた友人から、「お前、車検証のコピーも何も持っているって言ってたじゃないか」って、車体番号の書かれたメモを押し付けられてしまった訳です。 仕方がないから帰宅してから当時の書類を引っ張り出してきて確認すると、やっぱりその車体番号なんですよ。 パーツは純正に全部戻してあるということは、途中で誰かが乗っていたっていうことだと。しかし、当然その間の経緯は解りゃしないんですが、今更ながら因縁のある車が生活圏内に戻ってっきてしまった。 それで舘さんは不安に思って電話してきたということだった訳です。
「今度はスクラップ工場だから、もう次はないと思うけど、何で今更こんなことで右往左往させられるかがわからないし、もしあの車を買った奴がいたら、まだまだ続くってことでしょ。ねぇ神沼さんさ、その車まだ金出せば買えるんだよ。神沼さんが買って確実にスクラップに回すってのはできないもんかね」
流石に走る呪物を買っても、今は置き場所にも困ると伝えてその場は電話を切りました。 この話は一旦ここまでにしておきますが、「凄惨蒐」の補足として、こんなエピソードが追加されたということだけはお伝えしておきます。 それでは。
試し読み1話
「虫のしらせ」
警備会社に勤めているときに、吉村さんというくたびれた男性と知り合いになった。
彼とは時折激しく喧嘩をする程度には馬が合わず、決して仲は良くなかった。
あるとき、その彼に呼ばれて、時間あるかと問われた。普段と違って、真面目な顔をしているので、身構えてしまう。
「ええ、大丈夫ですよ」
そう答えると、彼は片方の口の端を上げた。
「ちょっと長くなるけど話を聞いてくれるかな」
何の話をするのだろうか、また何かからかわれたりするのかと考えていると、彼は自分の生まれ故郷の話を始めた。
「俺の出身は九州でね。ほらちょっと珍しい姓だろ」
ここでは仮名にしているが、確かに彼の姓は珍しいものだった。そして彼の一族は、江戸時代よりもはるか以前に、幾度かの戦に敗北し、九州の山奥にまで逃げ落ちたらしい。
そのとき、現地の農村を乗っ取る形でその地に腰を据えたという。
しかし土地は貧しく、農業だけでは食べていけなかった。それゆえに、周囲の村を荒らす山賊のような真似をずっと生業としてきた――。
「うちの爺さんくらいまでは、そうやって生きてきたみたいだよ。近親婚も多かったからだと思うけど、うちの村は早死にが多くてな。しかも女が殆ど生まれない。生まれるのは男ばかりだよ」
だが、村の中での婚姻をしようにも、男ばかりでは子孫が絶えてしまう。「だから周りから拐ってきていた。まぁぶっちゃけ誘拐だな。街に出ては親の見ていない隙を狙って赤ん坊やら子供やらを拐ってきて、まるで家で生まれました、みたいな顔をして育てるんだ。そうすれば一族の血が絶えることがない」
でもね。
吉村さんはそこで一旦言葉を切った。
「俺はそんな村に嫌気が差してね。一族の残りもあと二十人ってところだったし、見限って東京に飛び出したんだ。親族には大学に行くと言ってね。大学を卒業すれば立身出世だ、これで一族も安泰だっていうんで、東京に出るのを許された」
一族の論理としては、吉村さんが稼いだ金は、一族のものだという話だった。
他にも女を連れてこいとも言われた。結婚して集落に女を連れてこい。そうしたらその女は一族のものだ。他の者達で世話をするから、次の女を連れてくるために、お前はまた都会に出ろ――。
そう言い含められていた。
だが、彼は卒業しても帰らなかった。そもそも彼は定職に長く就くことができなかった。性格なのか何なのか、本人にも説明ができないというが、とにかく一箇所に腰を据えて仕事をするということが、若い頃には非常に難しかったのだそうだ。
「俺は、多分そういう血なんじゃないかなって思うんだよ。一族の他の人たちも、あそこの土地から出ていけないから、辛うじてあの集落に縛られているってだけでね。もし俺みたいに都会に出たなら、出た全員が仕事を転々とするしかないような、そんな性格なんだよ。一族全員がね」
自嘲なのか、自分の血への諦観なのか、吉村さんは〈ははは〉と乾いた笑いを上げた。
ただ、そんな彼にも長めに就いていた職がある。それは画廊兼絵のバイヤーだった。
海外で、適当な新人の絵を安く買い叩いてきては、何も分からない金持ちにそれっぽく売りつける――そんな詐欺まがいの会社に勤めていたという。
この新人は伸びますよ。今が投資するには最適ですよ。
そう言ってくすぐれば売れた。当時がバブルだったというのも大きかった。
吉村さんがその会社に勤め続けたのは、決して絵に興味があったからではない。単に金回りが良かったからだ。
「本当にいい絵もあったかもしれないけどな。俺にはよく分からなくてさ。今が買い時、あと何点しかないから、早く契約しないと大損しますよって、本当に適当な感じに煽って売り抜けてたから、散々恨みも買ったと思うよ。でもそれは俺のせいじゃなくて、その会社のせいだよな。恨まれるのは社長だよね」
社長も相当恨まれて死んだけど自業自得。俺は悪くないんだよ、と彼は取り繕うような笑顔を見せると、その画廊での仕事を教えてくれた。
扱う中には奇妙な絵も色々あった。
そのような絵を扱う専門の人も何人か雇われていた。
「とにかく金持っていると、人ってのは何を考えるか、俺にはよく分かんないんだよ。持っていると変なことが起きる絵とかさ、一部の金持ちには大人気なんだ。俺には全く理解できないけどね。金になるからそういう絵だって仕入れる」
仕入れた絵は、海外から到着し次第、すぐに売り捌いた。
何故なら、画廊に置いておくには剣呑な絵も少なからずあったからだ。
表面に傷が付いていく絵などは序の口で、一晩のうちに画廊の全部の絵が裏返るということもあったし、額装した表面のガラスに爪痕が付く絵などもあった。
「困る絵ってのはさ、人が死んじゃう奴ね」
持っているだけで不幸を振り撒く絵というのは、彼自身何枚か仕入れたことがあるというが、その中でも「死ぬ絵」は扱いに困ったという。
あるとき、持っていると死ぬ絵が手に入ったと国際電話で報告を受けた。すぐさま好事家の一人に連絡を取り、空港で取り引きした。会社に持ち帰るなと厳命されていた。
その二日後に、その好事家は絵の前で自殺していた。「遺族がその絵をもう一度引き取ってほしいとか連絡してきたんだけど、そういうの困るからって、また他の客に回したんだよね」
そこでも死んじゃったみたいだけど――。
吉村さんはサラリと怖いことを言って、〈ははは〉と軽く笑った。
だが、その画廊もバブルが弾けて資金繰りが悪くなり、社長は首を括った。
残った絵は社長の遺体が揺れる下で、吉村さんの手で適当に売り捌いて逃げたという。
「いや、他にも悪いことはしたけどね。結局俺も最後は普通の会社員になったんだよ」
職を転々とするのも疲れたので、だらだらと働ける会社でだらだらと働き、平和に定年退職した。その後警備員になったという。
「――そういえば、出身の集落のほうにはお金を送ったりしてたんですか」
「する訳ないじゃん。勝手な話ばかり言う奴らなんだよ。俺の親族ってのは。もし俺が田舎に帰ったとするだろ。そうしたら俺の免許証とか身分証明書とか、勝手に全部コピー取ってさ、俺の名前で借金して回るような、そんな奴らなんだ。そういうのが当たり前の世界よ。あの集落の奴らも、あと俺も。出が山賊だからね。山賊の考え方が染みついちゃってんのよ」
吉村さんは、取り出した煙草に火を点けた。
「それでさ――」
彼は何処か遠くを見るような目をした。
「俺にはまだ村での因縁もその画廊での因縁も付いて回っている気がしててね。山賊の子孫で、その後も長らく人を騙すことをしてたからかな。何でかな。そういうことを他人に話したくなっちゃってさ。懺悔とは違うんだけどな。何て言うのかな――」
彼は、ボリボリと頭を掻くと、よく分かんねぇやと呟いて、こちらに視線を向けた。
「聞いてくれてありがとね」
普段こんな話をする人物ではない。日頃、見栄を張った言い方ばかりする人で、仕事の指示も聞いてくれず、いつも喧嘩になるような人だったのに。一体どういう風の吹き回しだろう。
それから二週間しないうちに、吉村さんがバイク事故を起こして首から下が動かなくなったので、もう現場には出られないとの報告があった。これから先の人生、一生そのままだろうとのことだった。
彼には仲の良い人もいないというので、周囲で見舞いに行くのは上司のみだった。吉村さんは、自分の弱った姿を見られたくないのか、上司の見舞いも断るほどだったという。
あれは色々と終わってしまう前に、人に話しておきたかったのだろう、そういう虫の知らせがあったのだろう――そんなふうに考えている。
ー了ー
🎬人気怪談師が収録話を朗読!
2/26 15時公開予定
著者紹介
神沼三平太 Sanpeita Kaminuma
神奈川県茅ヶ崎市出身。O型。髭坊主眼鏡の巨漢。大学や専門学校で非常勤講師として教鞭を取る一方で、怪異体験を幅広く蒐集する怪談おじさん。猫好き甘党タケノコ派。最近は対面で取材したり、怪談会を開催したりが憚られるのが悩みの種。成長期よ永遠なれ。主な著書に『実話怪談 吐気草』ほか草シリーズ。『恐怖箱 煉獄百物語』ほか「恐怖箱百式」シリーズのメイン執筆者としても活躍中。近著に地元湘南の怪異を蒐集した『湘南怪談』、若本衣織との共著『実話怪談 玄室』がある。