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人智を越えた神とあやかしの世界。神域に触れる禁忌の実話怪談!『現代見雨月物語 身固異談』(籠三蔵)著者コメント+試し読み1話

「これは関わってはならぬ話なのか…?」

M神社に纏わる奇怪な事件。
調べようとするたびに起きる妨害は警告か。
突然の神降ろしで語られた神の言葉とは…(「道祖神祭」より)

「現代雨月物語 身固異談」籠三蔵

あらすじ・内容

●山の神に赤子を捧げてきた上信越のある地域。因習をやめた翌年から五歳児が連続して亡くなる。五に纏わる凶事の結末は…「五で始まる」

●ふだん神の気配のしない社。その理由は年に一度のどんと焼きの日に明らかに…「道祖神祭」

●母の病室に巣くう死神の黒い影。娘の夢に現れた宝船が示唆する助かる方法とは…「七福神の社」

●広島県北部の山間集落。足先にできた小さな噛み傷が足の付け根まで広がる奇怪な症状。憑き物筋の仕業と見た老人は木野山神社のお犬様を借りてきて…「ゲドウ」

●行くと方向感覚が狂う吉原遊郭跡。夢枕に立った遊女は覚悟なく踏み込めば障りがあることを知らしめてくる…「八朔日の花嫁」


…ほか収録。

著者コメント

 一昨年、世に産声を上げました「現代雨月物語」も、皆様のお陰様でシリーズ第三弾を迎える事が出来ました。
 第一弾では、実話系でこれまで余り取り上げられる事のなかった「あやかし」にスポットを当て、第二弾では人智を越えた「魔物」の存在を主題にしましたところ、手元に残ったのが多くの「神仏奇瑞談」でした。従って、今回の「身固異談」はこの「神仏」に纏わる異談を中心に物語は展開して参ります。
 前二作同様、読み手様らの心に、何かしらの「想い」が残せれば、作者冥利に尽きると考える次第です。

試し読み1話

「霧の中より」

 当時、西東京に住んでいた、N島さんの大学時代の話である。

 彼女は、あるゼミの授業終了後、教室前で講師の老教授に呼び止められた。

「N島君、君は確か北海道の出身だったよね?」
「はい」

 彼女は室蘭の出身であった。突然の質問に首を傾げていると、教授は顔を緩めながら、君自身か、君の周りでこんな話を聞いたことはないかと問い掛けてきた。
 以下はその老教授の話を、物語形式に纏めたものである。


 ――太平洋戦争末期の一九四五年のこと。
 一般的には、一九四五年八月十五日が、日本の参戦していた太平洋戦争の終戦記念日として浸透しているが、その実情はと言うと、ポツダム宣言受諾の八月十五日以降も、最前線ではまだあちこちで戦闘が継続された状態であった。
 特に、宣言受け入れ直前の八月九日のソ連対日参戦は、事態を楽観視していた大本営の判断の誤りで、ろくな対策も打てぬままに満州・樺太・千島へのソ連軍の侵攻を許すこととなる。
 まだ幼い少年だった教授は、その頃、両親と樺太で暮らしていた。
 しかし、このソ連の対日参戦により、彼の一家は住み慣れた家を棄て、樺太庁と方面軍で計画された邦人の本土疎開計画により手配された引揚船にて、本土へと逃げ延びる決意をした。ポツダム宣言受諾による停戦申し入れをソ連側に交渉した日本軍の特使があちこちで射殺される事件が勃発し、このまま樺太に留まることに身の危険を感じていたからである。
 その日、引揚船の停泊する軍港は大勢の人々がひしめき合っていた。
 遠くでは銃声と爆音が上がり、侵攻してきたソ連軍と境界付近を自衛守備する日本軍との間で戦闘が開始された様子である。あちこちで悲鳴や怒号が上がる中、教授の一家は何とか引揚船に乗り込むことができた。ソ連航空機の爆音が頭上に響き、遠目に黒々と立ち上がる幾つもの爆炎が見える。もうすぐそこまでソ連の軍隊が侵攻してきているのだ。不安な面持ちを隠せない両親に抱き抱えられながら、幼かった教授は生きた心地がしなかった。
 やがて街の境界付近に煙が上がり始めた頃、一家の乗り込んだ貨物船は出港の合図を鳴らし、港を離れ始めた。
 ホッとしたのも束の間だった。船の右手側からどよめきが沸き上がる。
 見れば引揚船の右後方から三隻のソ連軍哨戒艇が現れて、猛スピードでこちらへと迫ってくるではないか。
 哨戒艇はスピーカーからロシア語で何事かを呼び掛けている。恐らく停船命令だろう。しかし大人しくここで拿捕されて港へと戻ったら、ソ連軍に何をされるか知れたものではない。あちこちでソ連軍の一般市民への虐殺や略奪が横行しているという噂が彼等の耳にも届いていた。引揚船の船長もそう考えたのかも知れない。船足が僅かに上がる。
 ちょうど前方の海域には、この季節特有の海霧が発生していた。引揚船の船長はこの霧の中に逃げ込んで哨戒艇を撒こうと考えたのであろう。
 しかし避難民を満載した貨物船と機動力が売りの哨戒艇では余りにもスピードが違い過ぎる。その距離はみるみる縮まってしまう。

 そのときである。

 立ち込める海霧を切り裂いて、前方から灰色の巨大な船影が現れ出た。
 それは艦橋と船尾に旭日旗を翻した、日本海軍の戦艦であった。
 戦艦は引揚船を守るかのように、迫りくるソ連哨戒艇に砲門を向けた。どぉんと重々しい、主砲の炸裂音。
 海面に巨大な水柱が立ち上がり、勝負にならないと判断したのか、三隻の哨戒艇は慌てた様子でUターンする。引揚船の甲板の上で歓声が上がった。
 軍艦は暫く引揚船と並行して進んだが、やがて次の任務に赴くかのように、途中で進路を外れて、濃霧の中へと姿を消していった。
 こうして、教授の一家を乗せた引揚船は、無事目的地に寄港することができた。

 内地に到着すると、疎開作戦担当の関係者が、よく戻ってこられたと涙ながらに迎えに出ていた。あれから間もなく、樺太は侵攻してきたソ連軍に占領され、一般市民にも多くの犠牲者が出て、避難が間に合わず、現地で集団自決した者も大勢いたのだという。

「兵隊さん等のおかげです」

 引揚船に乗り込んでいた避難民等は、口々にソ連の哨戒艇に捕まるところを、間一髪で日本海軍の軍艦が助けてくれたことを口にした。
 ところが、疎開作戦に携わっていた軍人等は眉を顰めた。
 何故ならその頃、既に帝国海軍の戦力はほぼ壊滅していて、引揚船の護衛に回せるような船舶など、その海域には存在しなかったからである。
 ましてや大型の砲門を備えた戦艦など。
 でも間違いなく助けてもらったんですという彼等の証言は「何かの間違い」とされ、その後、相手にもされなかったそうである。

「そんなことが昔あってね。あれは私の記憶違いではないということを確かめたくて、北海道出身の方には、知り合いからそんな話を聞いたことがないかと、いつも伺っている次第なんだ」

 私は存じておりませんと、N島さんは答えるしかなかったそうである。


ー了ー

🎬人気怪談師が収録話を朗読!

2/26 17時公開予定


著者紹介

籠 三蔵 Sanzo Kago

埼玉県生まれの東京都育ち。山野を歩き、闇の狭間を覗く、流浪の怪談屋。第1回尾道てのひら怪談大賞受賞。主な著書に『方違異談 現代雨月物語』『現代雨月物語 物忌異談』、共著に『高崎怪談会 東国百鬼譚』(ともに竹書房)がある。

シリーズ好評既刊

方違異談 現代雨月物語
現代雨月物語 物忌異談