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【連載短編小説】第17話―二度の告白【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第17話 二度の告白

とある田舎町に長い歴史を持ちながらも、綺麗に整備されている日本家屋があった。新築だと言われたら、誰もがそう信じるだろう。

 その縁側に一人の老人が何をするでもなく座っていた。名は一郎という。彼は早くに病気で嫁を亡くし、その1年後には息子も失ってもいた。

「お茶を淹れてきました」

 一郎にそう話しかけたのは、彼の息子の嫁である喜美子だ。

「…………」

 しかし、一郎は無言のまま、虚ろな表情で空を見上げている。

「ここに置いておきますね」

 喜美子は一郎の横にお茶を置いた。

「これを読んでほしい」

 居間に戻ろうとしたところで、一郎は喜美子に一枚の紙を差し出した。

「これは……」

「口では上手く説明できないと思った。だから君知っておいてほしいことを紙に綴ったんだ」

 そう言いながらも、一郎は空を見上げたまま、やはり虚ろな表情をしていた。

 喜美子は一郎から渡された紙を自室で広げた。前置きはなく、喜美子にとって衝撃の一文が一行めに書かれていた。

〝雄平を殺したのは私だ〟と。

 雄平は5年前に亡くなった喜美子の夫だ。喜美子は恐る恐る次の行へ目を移した。

 そこから先は、雄平が死ぬことになった経緯が事細かく書かれていた。

 一郎とその息子である雄平は、同じ町工場で働いていた。ある日、現場で使用していた機器が半壊し、金属の破片が雄平の心臓に突き刺さったのだ。それが雄平の死因である。

 紙には、その壊れた機器を管理していたのが一郎であり、そろそろ新しいものに買い替えるべきだという声を無視していたという。理由は、機器への愛着だった。

 喜美子は全て読み終えると、ぐったりと壁にもたれかかり、しばらく考え込んだ。

 おそらく、一郎は罪悪感から逃れるために、この文をしたためたのだろう、という結論に至った。それが喜美子にとっては、余計に腹の立つ要因になった。間接的ではあるにせよ、やはり一行目にある通り、雄平を殺したのは一郎だ――。

 喜美子は花瓶を持って一郎の元へ向かった。何をすべきか、感情のままに従うことにした。

「読んでくれたかい?」

「はい。とても驚きました」

 淡々とした口調に、一郎は戦慄した。動揺するだろうと予想していたからだ。

「責めないのか? 私を」

「責める? そんな簡単な話じゃありませんよ――」

 一郎はふと喜美子の横顔に目をやった。上手く言葉に表せられないが、普通ではないということだけは理解できた。

「――復讐させてください」

 一郎にとって、彼女が復讐という選択をとることは想定内だった。もう70年も生きた。悔いはない。

 しかし、喜美子は黙ったまま、動く気配はない。持ってきた花瓶で殴られるのだろうとばかり思っていた一郎は、覚悟を決めていたものの、本能的に安堵した。

 空が赤みを増してきた頃、喜美子の息子である孝一が幼稚園から帰ってきた。

「ただいま! 喉乾いた!」

 一郎に懐いている孝一は、一郎に抱き付くようにして、屈託のない笑顔を見せる。

「ごめんね、さようなら」

 一瞬の出来事だった。喜美子は両手で花瓶を持ち、孝一の後頭部に思いっきり叩きつけた。

 孝一は悲鳴すら上げることもできず、命を絶った。彼の血が一郎の体全体に付着する。

「私にとって夫は一番大事な存在でした。孝一が生まれるまでは。そして、妻に先立たれた一郎さんにとって、孫である孝一が一番大事な存在……」

「孝一は君にとっても大事な存在だろう」

 一郎は会話ができる程度の落ち着きを取り戻していた。

「復讐のためにはこうするしかなかったんです」

 狂っている。一郎はそう思った。いや、お互い様・・・・か。

 一郎は割れた花瓶の破片を手に取る。

「孫より大事なものを、君は傷つけた……復讐には復讐を――」

 一郎は花瓶の破片を喜美子の心臓に突き刺した。何度も何度も、それを繰り返した。

 そして、彼は縁側についた傷を優しく撫でた。それは喜美子が幸一を殴打した際にできた傷だった。

「私が一番大事にしているのはこの家だ」


―了―

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著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field