【営業セクションで学んだことを異動先の編集部に共有してみよう、の話

営業セクションから編集セクションに異動して1ヶ月が経過したわけですが、それに伴ってこのnoteもどう活用しようかなあと考えておりました。

僕の編集部では週に一度部会が開催されていて、部員7人からの進捗の確認、新企画の検討に加え、持ち回りでその人の強み(?)に関するトピックスというのを共有することになっています。

異動してから7週目ということで、いよいよ僕の番が来ることになりまして、何について話そうかと思案していたところ編集長から「まずはマーケティングの重要性について」とテーマの指定がありました。(入社一年目は文庫・新書の配本、二年目は新設のマーケティング推進室、そしてこの度編集部に、と異動してきています)

noteの内容にも困っていたところだし、せっかくプレゼンをするなら記事にしてしまえ、とセコイ根性丸出しで思いつきましたのでこのノートを書いています。

そもそもマーケティングってなんだっけ

ではマーケティングとは何か。用語だけを聞くと「市場をリサーチする」とか「商品をプロモーションする」とか様々なイメージが湧くと思います。しかしそれらは不正解ではないのですが、一要素にすぎません。

僕は(というか僕のいた部署では)「マーケティングとはモノを売るための仕組みづくりである」と捉えていました。

そしてその上で具体的なタスクを、マーケティング界隈でよく言われる4つの領域「4P」に振り分けます。

4PとはそれぞれPlace(流通)Product(製品)Promotion(広告宣伝)Price(価格)のことを指しています。

Priceに関しては社内の様々な会議で議論されていたり、ページ数に基づく大体の目安なども作成されてたりするので今回の記事では飛ばすこととして、3つのPについて具体的に考えてみたいと思います。

Place:日本の出版業界の特徴①再販売価格維持制度制度

じゃあどこから話をしようかということなのですが、編集畑にしかいたことのない方も多いのでまずは僕が2年間営業セクションで学んだ出版業界の仕組みと現状についてという大前提から、自分の中での整理がてら触れていこうと思います。ものすごい大前提から初めてどんどん話が壮大になっていくのは僕のブログのクセなので。ちなみにこれがPlace(流通)にあたる部分の一つです。

ご存知の通り、日本の出版流通事情というのはとても独特な形態になっています。そしてその要因というのは、「再販売価格維持制度」の存在が大きいと思います。

再販売価格維持制度というのは文字の通り、メーカーが小売業者に対し商品の販売価格を指示し、それを守らせる制度のことです。一般に資本主義経済においては独占禁止法などの法律で制限されているのですが、日本においては著作物および公正取引委員会(公取委)の指定を受けた商品(書籍・雑誌・新聞・音楽ソフト(レコード・カセットテープ・音楽用CD)のメディア四品目と「指定再販商品」)や、たばこなどがその対象外になっています。

こうした制度が作られた背景や趣旨というのは諸説あるそうなのですが、僕自身は(特に著作物に関しては)「その多様性を保つため」であると理解しています。

また書籍については刊行されてから長く書店の棚に陳列される(商品としての寿命が長い)という特性もあり、この制度が活用されてきました。

余談ですがこのような特性があり価格を長期にわたって維持できる環境にある一方、価格の表示方法を再検討しなくてはいけない流れが別の制度によって生まれてもいます。消費税と総額表示の問題です。

元々小売業界では税抜き価格を表示することが一般化していましたが、消費者が一目で価格を判断できるよう税込み価格での表示が2004年に義務づけられました。ただし消費税を5%から8%に引き上げる2013年に、条件付きで税抜き価格の表示も認める特別措置法が施行されていたため、書籍においてはカバーに本体税抜き価格が、中に挟み込まれるスリップなどに税込み総額価格が印刷されるという形などで対応されてきました。

しかし、スリップを挟み込む出版社がどんどん多くなっていること(弊社も既にスリップレス化済)、そして何より特別措置法が失効することにより、出版物もカバーに総額表示をする必要が出てきました。

読者の方からすると総額表示の方が分かりやすいのでこれは仕方のないことだと思うのですが、書店にまだ本が並んでいる間に何度も消費税額が変更されると大変です。既に出荷された在庫を回収して価格をつけなおす必要はないそうなのですが、税率が変わるたびに書店でも違う消費税率の税込み価格表記が混在することになるため、返って消費者の混乱を生むんじゃないかなんてことを僕は思っています。

ちなみに講談社さんではこの4月より、講談社文庫、講談社タイガ両レーベルの新刊からフィルムパックを施して出荷し、このフィルムの上に総額表示されたシールを張ることで対応するそうです。

Place:日本の出版業界の特徴②取次流通システム

もう一つの流通に係る要素が、日本の出版業界の大きな特徴が取次流通システムです。

取次会社というのは他の小売業界でいう卸業者のような位置にあたるところなのですが、取次がただの卸ではないのは基本的に委託販売だということ、物流まで担当していることという二点にあります。

毎日200点ほどの新刊が刊行されているこの業界では、商品の送品や代金の支払請求などで多大な労力とコストがかかるわけですが、この取次会社がそれらを集約しているんですね。

返本を容認することで自由な流通が確保できる委託制度の下、取次各社は新刊をパターン化して配本しているわけですが、近年では返本率が40%という高水準を推移し続けており大きな問題になっています。

Place:イオンモール化する書店

さらに周知のとおり、日本にある書店の数は年々減少し続けています。

1990年ごろに2万軒を超える書店が展開されていたのをピークに、2019年には9000軒ほどにまで減少してしまっているのが現状です。

またURL先の記事にも言及されている通り、書店軒数、売り場の総坪数が減少している中、1軒あたりの坪数は増加傾向にある、すなわち書店の「大型化」が進んでいるという流れもあります。

僕の元上司のメガネ部長は(いまは昇進して部長じゃなくなりましたが)

1990年代が「郊外店」2000年代が「大型店」の時代とするならば、2020年代は「小規模店への回帰」が始まると私は思っているのだが、そうするといっそう「たくさん売れる本」と「少量しか売れない本」の落差が激しくなってくる

のではなかということを最近言っていました。この件に関してはまた別のところで、本人にも話を聞いてまとめてみようと思っていますが、僕なんかは何年か前にスーパーマーケットで起きていたことが書店にも起きているのではないかと思っています。

すなわちイオンモールと商店街です。

大きな売り場面積と大型チェーンにより薄利多売系の戦略で各地にイオンモールが出店した結果、商店街がシャッター街へと変わってしまったことは記憶に新しいかと思いますが、アレです。(薄利多売とまでは言わないでしょうけどね)

ちなみにとある掲示板発の「わたしは イオンモール。 すべての商店街を消し去り そして わたしも消えよう」という恐ろしいコピペも存在していますが、我々の業界もこうならないことを祈るばかりです。

Promotion:そんな中でマーケティングの重要性

と、暗い暗い話ばかりを書き連ねてきましたが、では我々はどうするべきなのか。

とても示唆に富む方向性を示しているのが日販(さっき出てきた取次の一社ですね)の古幡瑞穂さんのnoteです。

古幡さんは製品先行型の性格の強い出版業界において

プロダクトとマーケットの間を適切なマーケティングで繋いでこそ、効率的で大きな売上ができていくのだと考えられます。

と述べており、映画業界と比較して新刊の事前プロモーションの弱さを指摘しています。

弊社の場合、具体的な数字は書けませんが毎月の売り上げに占める新刊の割合が高くなっていることも問題であると言われています。

書籍というものは「本当に売れるのかは出してみないと分からない」傾向が強いものなので、一般的に売り上げをの多くを新刊が占めれば占めるほどその経営は自転車操業的になっていくと考えられます。売上を立てるために新刊比率を上げていくと悪循環にハマり、健全な経営サイクルではなくなっていくものです。

ではどうすればいいかというと既刊比率を上げていく、すなわち長く売れる本を作り出すということが必要になってくるわけで、そのためにも新刊の事前プロモーションを徹底し売り上げの山を高く、すそ野を長くするようにしなくてはならないわけです。

社内のPR担当(元々映画のPRなどをやっていた方)の人曰く、映画はの場合はだいたい本編が半年以上前に完成してくれるから、事前プロモーションも色々出来るという形になっているとのこと。同じことを書籍でやろうとすると、本の制作進行を3ヵ月前倒しにしてもらわないと何も動けないと言っていることからもスケジュールの前倒しの重要性が分かるかと思います。

Promotion:情報共有の仕組みの変革

こうしたことをやる上で二つの方向性が重要になってくると僕は思います。

一つは、編集者自身が事前プロモーションをできるようになること。

TwitterなどのSNSをやっている編集者は多いですが、弊社に関して言えばあまり当てはまらない気がします。

「編集者は表にでるべきではない」と考える編集者がいることは分かっていますし、それはそれで一つの矜持だと思うのですが、少なくとも我々の世代の編集者はもっとプロモーションにも関わっていくべきだと思います。

それもただ呟けばいいというものではなく、事前に用意周到に計画立てて情報を発信していくべきなのでしょう。他社のSNSプロモーションが上手い編集さんのお話を以前聞いた際に印象的だったのは、書籍発売の情報をオープンにする何カ月も前から、発売する書籍に興味がありそうなクラスタに向けた情報を多くしていくことで、発売情報を告知した時にバズるように考えているという話でした。(今朝もバズってましたね)

そのくらい事前に仕込めるように、刊行計画を立てていく必要があるんですよね。

とはいえ編集者が編集業務をしながら一人でプロモーションを全部するのは無理があります。

そこで二つ目の方向性として他部署との連携強化があげられると思います。

特に事前に書店や取次に新刊情報を案内してくれる営業セクションや、パブリシティ情報や新聞広告などをとりまとめる宣伝・PRセクションとの連携は何よりも大切なものです。

以前別の記事でチャットツールによる情報共有のオープン化と蓄積について書きましたが、これは本当に重要なことです。

Slackを使ってみて思ったのは、話題や書籍の銘柄ごとに部屋を作れるというのがどれだけ便利か、ということでした。

メールの場合は返信に返信を重ねていくしかないですし、同じ話題でも返信ではなく新しいメールが送られてくることもあるので、いわゆるスレッドがばらけてしまいますし後から検索もしにくいです。

ところがチャットツールの場合はトークテーマごとにお部屋を作れるので、いつでも気軽にアクセスして過去の情報を見に行くことができる。これが強いのです。

情報は公開されていることに意味がある。社外とのやり取りはともかく、社内でのチャットツールの導入は一刻も早く進めるべきだと、僕はずっと言っているのですがなかなか浸透しない感があります。悔しいなあ。

また古幡さんは事前に企画書を提示できることの重要性を指摘されていましたが、弊社の場合は最初に作られた企画書のPDFがずっと社内で流通し、古くなってしまった情報が記載されたものを社外にも共有するということが起こっています。

情報は最新であることに意味がある。例えばこれもグーグルドライブ上で企画書を作成するようにすれば、いつでも最新の情報に更新が可能です。リモートワークも多くなっている今、どこにいても最新の情報を扱えることはマストだと思います。

Product:

最後に実際にどのような製品をマーケティング的に作っていくべきか、と言う話をして締めようと思います。

前述の古幡さんの記事でも指摘されている通り、書籍というのは基本的に「プロダクトアウト」、まず最初に著作ありきで流通されていくことの多いものだと言えます。

その逆は「マーケットイン」、すなわち実際に市場にいる顧客・読者の需要が先にあり、それらを吸い上げて企画を立てていくということになりますが、前にいた部署ではこうした形で出版されるモノを増やしていこうという方向で動いていました。(道半ばになってしまいましたが)

市場が求めているものを供給する、というと既にそんなことやっているという声も出てきそうです。実際に編集の現場では日々Amazonのランキングを注視し、企画を立てるときには類書の実績を数字として調査し、というようなことをやられていることもあります。

しかし一人の編集者が張れる情報の網の大きさには限りがあり、需要を可視化するのには物足りない部分があります。

そこで前部署ではテスト的に各SNSでの中身を調査出来るツールを導入していました。今日はどんなことがトレドに上がっていて、そのトレンドはどのくらい継続性があるのか。あるいはどのような属性の人々がその話題に反応しているのか、そんなようなことが見られます。

SNSの流行というのは刹那的なことが多いので、雑誌ならともかく企画から完成まで半年ほどかかってしまう書籍でこのようなことが出来るかというと課題も大きいですが、その中から持続的なトレンドを探すという意味でも有用なツールだと思います。

あるいは、単純にトレンドを追いかけるだけではなく、そのトレンドが席巻する背景にあるものをつかむことも重要だと思います。なぜ今このようなモノが流行るのか、を追っかけていくと大きな潮流が見えやすいからです。

では実際にそれをつかむためにどうするかというと、そのヒントの一つは官公庁が公開しているデータにあるのではないかと言うのが僕の中での考えです。例えば市場が高齢化することによる影響や観光客が増えることによる影響や、コロナによってどのくらい市場トレンドが変化したかなど、様々な分析が無料で見られます。出版業界におけるトレンドだけではなく、こうした大きな社会の流れをつかむことが、需要にマッチする商品を作り出す一つのカギなのではないかと思っています。


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