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漕日#6|知るべきことを知った不幸で今生きている

 プユワピ水道の途中で見つけたビニール小屋には2泊した。この水道は3日程度でパスするのが理想だったが、仕方ない。前日に遭った暴風雨で見過ごした、マグダレーナ島の美しい谷の正面まで一度戻ろうと試みたのがそもそもの失敗で、谷を眺めながら「ここにも氷河があったんだろうな〜」なんてうっとりしてる間に、水道の出口から猛烈な風が吹き込んだ。40分で谷の真正面に着いたのに、帰りは1時間20分もかけて疲労困憊。素早く荷物をカヤックから小屋へ運び込み、停滞と腹を決めて食料を調達することにした。

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  釣りは全くダメだったが、潮がちょうど引いていたので貝拾いに変更。この辺りの海域は貝が豊富で、少し歩けばたんまり採れる。タマビキ貝やクボガイのような巻貝が足元の石のいたるところに張り付いていた。マツバガイと思われる傘状の貝やトコブシのような一枚貝は、刺激するとぴったり石に張り付いてしまう。素早くナイフを脇から差し込んで、一気に剥がした。

 磯一帯が、全てムール貝になっているような場所もある。黒い石だと思ったら、小さなイガイがびっしり付いていたり、岩に走る黒い帯がムール貝だったりして、それだけで腹が減るくらい美味そう。ただ、こいつには注意が必要だ。というより、結論から言えば自分で採って食ってはいけない。日本でも同じことが言えるが、二枚貝には貝毒の危険性がある。特にチリ南部のいくつかの地域は、危険地帯に指定されている。これは何かと言えば、毒素を含むプランクトンを食べた貝が、その毒を体内に蓄積させるたもの。つまり、濃い。毒が濃い。そしてこの毒にはいくつかタイプがあって、一つは下痢や胃痛、嘔吐を引き起こす。恐怖を覚えるものだと、麻痺性の毒は貝を食べてから1時間と経たないうちに、舌や四肢の痺れが始まり、ひどい場合はぽっくり逝ってしまうほか、記憶喪失性の毒なんてのもある。市場に出回るものは専門機関がチェックするが、見た目で毒の有無を判断することはできない。怖や怖や。

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 実は、3年前に同じ海域をカヤックで旅行した際には、毎日のようにこのムール貝を食べていた。いつもストックがあって、漕ぎ終えたらまずテントを張って、茹でたムール貝を5つ6つ食べてから夕食の準備に取り掛かるのが日常だった。夕食にもムール貝は必須で、それこそ親の仇のように食いまくった。もちろん、今生きているのだから何ともなかった。ただ、それをチリ人に話すとみんな口を揃えて「ラッキーだったな」と貝毒の恐ろしさについて話し始める。このことを知ってしまったからには、二枚貝は避けざるを得ない。ここから先の海域にはどデカいハマグリが採れる場所もたくさんあって、これまた良い出汁が取れてうまいのだが、お預けだ。

 本当に不幸なことだ!調べてみると、チリの過去30年で貝毒による死亡事例は23件。実際、沿岸地域の人の中には、磯で拾った二枚貝を消費している人もいる。その人たちの数や消費頻度は不明だけれど、30年で23件だ。これっぽっちの数字のために、こんなにうまいムール貝にハマグリまで諦めなければならない。ムール貝は別格なのに!巻貝にはない分厚さとあの柔らかい食感に濃厚な旨味!ハマグリと一緒に茹でて、その灰色の出汁で炊いたお米がどれほど美味いか!

 でも最悪死ぬのか。最悪だなそれ。知るべきことを知った不幸が、今ぼくを生かしている。

 しかし!ここでムール貝を食べずにスルーできるほど人間ができていないのが私なのであります。見て見ぬ振りなんてできない。自分がすべきことから目を背けたらダメだ。「これで死ぬなら、まぁいいか」とムール貝を二つばかり拾って持ち帰った。カニも一緒。

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 可食植物のナルカにも再挑戦した。昨日は渋くてすぐに吐き出した。ほのかな酸味が美味いのは、葉が閉じているものと聞いている。いくつか取ってみると、葉が窄んでいるだけではダメで、茎自体がそれなりに大きくなければいけないようだ。少し無駄に切ってしまったのが申し訳なかったけれど、サラダとして食べられるナルカを何とか2本得た。

 どっさり持ち帰った食材を、調理したはじから口に運ぶ。とりあえず巻貝やムール貝は焚き火にかけて、サラダにしたナルカを食べつつ炊き込みご飯を仕込む。ナルカはさっぱりとした風味にセロリのような食感で、この旅唯一のフレッシュ野菜として毎日でも食べられるほど。茹で上がった巻貝は、針でくるくる身を出すには小さく、割って取り出した。欲をかいたもんだからこの作業には結構時間を要した。トコブシや巻貝は、ドラム缶ストーブの煙突の中で燻製に。これがまた最高。酒が欲しくなるが、あいにく今回の食糧は米2kgとちょっとした調味料のみ。それでも海の幸には大満足。そして、やっぱりムール貝は特別うまかった。残りの貝に醤油と塩をまぶして保存を効かせ、30分経って体に異常がないことに安堵しながら、いつものようにもぞもぞシュラフに潜り込んだ。

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