つぎはぎ
海辺の街の、入り組んだ道を歩く。
下へ向かう道。上へ向かう道。いくつも道が分岐している。子供の頃に憧れた、夢の世界にでも迷い込んでしまったような気持ちになってくる。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。行く宛もなく、僕は歩き続ける。
「案外、間違ってないかもよ」
突然、声が聞こえた。どこから聞こえてきたのだろう。周囲をキョロキョロしてみると、一匹の猫が塀の上から僕を見下ろしながら座っているのを見つけた。
今のは君の声? 僕は心の中で聞いてみる。少し馬鹿げているかも、と思いながら。
「うん、そうだよ」猫は答えた。その声と同時に、彼は大きくあくびをした。
案外間違ってないかもよ、っていうのはどういう意味?
僕は先ほどの、猫の言葉を思い返して言った。
「そのまんまの意味だよ」
そのまんまの意味って?
「夢の中の世界に居るみたいだって、君はさっき思っていたよね」
思った。いつの間にやら、魔法とかファンタジーの世界に迷い込んだ、主人公のような気持ちになっていた。ウキウキも、した。
「今君が居るこの世界が、まさに魔法の世界だったとしたら、どうする?」
猫はじっとこちらを見つめている。その目はやけに落ち着いていて、すべてを見透しているような気配がある。
「どうするって言われても……」
思わず声を出してしまった。周囲に誰か居ないか確認する。端から見たら、急に野良猫と喋り始めた、おかしな人になりかねなかったからだ。もう一度、仕切り直す。
どうするって言われても……。
自分の考えの及ばないところにある答えにたどり着くのは、難しい。十分な情報を得ていないのに、ミステリー小説の序盤で犯人を見つけろ、と言われているようなものだ。
まず、この場所がファンタジーの世界だなんて、とても信用できない。昨日までごく当たり前に、日常が繰り返されていたはずなのだ。それが突然ファンタジーの世界へようこそ、なんて言われても、一体何のことやらと言った感じだ。
「信用されていないみたいだね」
よく分からないものは、信用するのが難しい。そういうものだと思っている。
「じゃあ、あれを見ても同じことが言えるかな?」
猫は首だけをくるりと後ろへ向け、あそこを見てみろ、というような動きをした。
僕は指示の通り、そこを見てみた。
すると、どうだろう。道がぐらぐらと揺れて、勝手に外れたり結合したりを繰り返している。そして、先ほどには無かった道が出来上がる。
「どこに繋がると思う?」猫は再びこちらを振り返った。
「どこに繋がっているの?」僕は聞く。
猫は意味深な沈黙の後で、さあね、と笑った。
「さあねって……」
新しくできた道がうねうねと動いている。次第にその動きが静かになっていき、ぴたりと止まる。
「この先に進んだら一体どう……、あれ?」
いつの間にか猫は消えていた。風がざあっと吹いて、潮のにおいが漂ってきた。