読書重力(ショートショート)
読書重力という言葉がある。
ページに書かれた文字を読む場合に、左から右、最終的に右下に向かって読み進めていくように視線が動くことを言うらしい。
僕は時々、本を読んでいる時に不思議な感覚に陥るときがある。
いつも通り物語を読んでいると、時々、持っている本の下あたりに、活字がぷかぷかと浮いているのだ。椅子に座っている場合、ちょうど自分の膝の上にそれらが転がっていることになる。
冷静に考えてみるとそれは、僕が“読み飛ばしてしまった文字“であることに気がついた。
なので、読み飛ばした部分まで巻き戻って読み返すと、膝の上の文字はスッと消えてしまうわけだ。
けれど、どうしても読み飛ばしが多くなってしまうときがある。
とてつもなく眠いのだけれど、それでも本を読みたいとき。物語が中盤に差し掛かって、ちょっと油断をしているとき。だらけてしまっているとき。
そんな時はとてもじゃないけれど、読み飛ばした文字を振り返っている余裕や、気持ちはない。
そうこうしているうちに、膝の上にどんどん文字が溜まっていく。本越しに見ても、明らかに膝の上に読み飛ばしが溜まってきたな、と思ったとき、”不思議な感覚”はやってくる。
ぐい、とどこかに引っ張られるのだ。それは大抵、地面側から。もっと言うと自分の膝の辺りから。どうにか抵抗しながら読むけれど、耐えられなくなって一旦、本を閉じる。そうすると、不思議な感覚も消える。
僕はこれに対して、一つの仮説を立てた。
僕を引っ張っているのは、他の何ものでもない、読み飛ばしてこぼれた文字たちなのでは? と。
本の中でさえ、あれほど強烈な重力によって僕の視線をコントロールしてくるのだ。本を飛び出してもそれは変わらないのかもしれない。
だとしたら、もしも本から飛び出した文字たちの重力に逆らうことなく、そのまま従った場合、僕はどうなるのだろう、と思った。
文字に吸い込まれて、そのまま本の中に取り込まれてしまうのだろうか。
そうだとしたら、父さんの書斎や、図書館はとても危険な場所だ。
とてもたくさんの本が置いてある。つまり、たくさんの重力があの空間で働いていることになるわけだ。
どおりで、いつも気がついたら、気になる本に触れてしまっているわけだ。あれはきっと、本の中にある読書重力によるものなのだ。
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