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シリウスのガムシロップ

 その喫茶店には屋上があり、そこでコーヒーを楽しむことも出来る。
 私はあまりコーヒーに詳しくないけれど、そんな私でも楽しめるようなものを、と店主に注文したところ、「シリウスのガムシロップ」というのを勧められた。
 ここでいうシリウスとは、おおいぬ座を作る星の一つのシリウスのことだ。この星の熱を集めて作られたのがそのガムシロップらしい。
 店主からは、水出しコーヒーという、水を使って淹れたコーヒーと、ガムシロップを渡された。
「せっかくなので、夜空を眺めながら、どうですか?」
 え? 外、結構寒くないですか? 今の時期は。と言ったけれど、まあまあ。と、背中を押され、半ば流されるように屋上へやって来た。
 上着を着ているため、そこまで寒くないけれど、手袋とかは付けていないため、指先はひどく冷える。
 指のあたりが寒さで張りつめているのを感じながら、コーヒーの中にガムシロップを入れる。
 つ。と、一本の艷やかな線を引きながら、シロップはコーヒーの中へと落ちていく。
 変化はすぐに起きた。はじめはコーヒーとシロップの境界線なんてわからないくらい曖昧な混ざり方だったのが、シロップが青白く光り始めた。同時にカップがほんのりと温かくなっていく。先程まで凍えていた指先が、嘘みたいに熱を持ち始める。
 その温度はますます上がっていき、けれど火傷しない程度の熱で体を温めてくれる。まるで、薪ストーブを焚いている部屋の中で過ごしているくらいの感覚だ。
 コーヒーを一口飲む。
 ほんのり甘い。苦みは少なく、軽やかな酸味とフルーティーな香りが鼻を抜ける。
 水出しのコーヒーは、あまり苦みが強くないらしく、コーヒー特有の苦みが苦手な人にと向いているらしい。
 こんな楽しみ方があったんだな、と思う。
 カップを両手でつつみ、暖を取りながら夜空を眺める。
 たくさんの星々が輝く空の中で、一際おおいぬ座のシリウスが眩く光を放って見えた。


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