悪女とされている人物が意外とそうでなかったりする理由

 歴史上、悪女とされる人物については最初はその個性の強さから言って確かに…と思ったりしました。しかし、弁解の余地がない部分もありますが、必要以上に叩かれているところもある。今回は性別関係なく、私自身の主観でもって”修正”を試みたいと思います。

 まず、直近では中国の西太后。彼女は落ちぶれた貴族の娘からのし上がっていった人物ですが、前に触れた劉邦の正妻・呂氏に比べたらそんなにひどいことしてませんね。

 呂氏は側室への仕返しが激烈でしたが、西太后は自分が皇帝の生母としてのし上がった方だったので、そもそも仕返しされかねない方。正妻の東太后も毒殺とか言われていますが、それも記録上グレー。彼女が本当にやったかもわからない、と私はとってます。

 こういうことは、特に中国の歴史上では後の人たちにプロパガンダとして悪を一身に浴びやすい。とってかわった方からすれば、前の代が悪かったから俺たちが代わったんだよ?というロジックが作りたい。だから、悪玉という人物を最低限、一人作らなきゃいけない。

 これは現代においても、同じようなことがあります。例えば、傾きかけた会社を立て直すべく、人員整理や事業の改編、といった身を切る改革を行った人がいたとする。でもその不人気から追われ、後任はしがらみがなくなった良い状態で経営できる。だから結果も出しやすい。

 中国の歴史では女性が表舞台に立つことがほとんどなかったので、余計にイレギュラーケースとして目立つ。しかし意外と批判を受けなかった人物もいる。それが唐の則天武后でしょう。

 彼女の場合、批判が巻き起こらなかった理由として皇帝一家と自分の生家の血縁が余りにも一体化し過ぎていた、というのがあります。彼女が老いてクーデターが起きましたが、皇帝に返り咲いたのも我が子。その後の血統も続いている訳ですから、彼女のことを悪く書くのは先祖の侮辱になってしまいますしね。

 彼女が批判にさらされたとしたら、それは後世において。しかも現在ではその政治的手腕については肯定的な評価もあるので、西太后もそうでしたが、優秀は優秀。現代でも彼女たちは、有能さという長所より、そうした倫理などに抵触する部分を徹底的に”炎上”させられていたでしょうね。(苦笑)

 翻って日本では、悪女とされるのは日野富子でしょうか。ただし、これもかなり割り引いてみる必要があります。まず、夫が足利義政。義政は文化人としては一流かもしれませんが、政治家としては二流。権力の弱さを嘆いて政治決断というものに対してもかなり投げやりです。自己保身に終始していたため、私としては印象悪い。(笑)

 では富子は?というと、

息子や実家を何とか守りたい

という文脈で理解することもできるのです。というのも、有名な応仁の乱後、幕府の財政がかなりひどい状態になっていた。フツーなら幕府の収入から自分たちの生活費も出るはずなのにそれすらままならない。こうなると、自活・自立・自営しなければいけない。富子はそれを実践していきます。

 彼女は関所からの通行料を直接の収入源にして、それで得た金を高金利で貸した。それを政治にも応用しつつ、幕府の財政も支えていたところがある。それも息子・義尚を将軍にし、盛り立てたい親心から。そう見て取れるわけです。

 当時の人たちからすれば、関所での収入や高金利、といった部分が他人の犠牲に成り立っているもの、という見方があったから好意的にみられるものではなかったのでしょう。でも、富子からすれば

じゃあ誰が私たちの生活をみてくれるっていうの?

といいたかったでしょう。確かにこの手法は肯定できる要素ばかりではありませんが、その一方で領地からの収入が期待できないところがあった。すでに領地をめぐる奪い合いがヒートアップしていましたから。

 こうしたことからも、悪女といわれる人物は必ずしもそうではないといえます。今回は女性にクローズアップしましたが、次回は男性にします。

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元図書館ギョーカイの人。元職として図書館関連、歴史や経営・組織論、興味の沸いた分野中心に書いてゆきます。現在離職して通教で大学生やってますが、お仕事も募集中です。
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