影の獄にて 読書感想文
影の獄にて 新装版(著:L・ヴァン・デル・ポスト、訳:由良君美・富山太佳夫、新思索社、2006)
(2023.12.19読了)
結構ネタバレしてます…。
第1部 影さす牢格子
ハラ軍曹は美しい眼をしていた男だ。不恰好だがその眼だけでヨーロッパ人からすれば超越的で無私な人物であるとわかるという。
この『第1部 影さす牢格子』が始まる前にハラは処刑されていて、ハラのやったことを「わたし」とロレンスが回想するという趣向になっている。
だが、これはドキュメント的でもある小説であるので、ただ漫然とハラとロレンスのやりとりが書かれるのではなく、一種の戦争における日本人論として読むことができる。しかも筆者によるある意味でのフィールドワーク、民俗学的でもあるため学術書を読んでいるような気にもなる。例えば、下のくだり。
そして、そんな拷問や処刑を繰り返していたハラをロレンスは、戦争になった以上死を予見し、死の他に何も予期していなかったのだろうと言う。
ハラは恥を恐れた。恥を晒すくらいなら自決した方がマシだとも言う。
そんなハラが捕虜になって、ロレンスと再会する。ハラはクリスマスに酔っぱらって、ロレンスを処刑寸前のところから救い出したが、最後にその時の話になる。「めりい・くりーすますぅ、ろーれんすさん。」と笑顔で。
を笑顔から感じとったロレンスは急いで刑務所に戻るが既にハラは処刑されていた。
そして、最後にロレンスが言う。
「ぼくらは、いつも、手おくれでなければならないのだろうか?」
第2部 種子と蒔く者
セリエは障害者の弟を裏切った罪の意識に苛まれていた。
町の学校で行われるイニシエイションという名の新入生へのイジメいや暴行の場面はとても残酷でそして深く悲しかった。その暴行を受けさせないという選択もセリエは立場上できたのに全くせず傍観者としてしかも実験をしていて忙しいと称して隠れてセリエは見ていただけであった。
その後セリエが最優秀学生に選出され受賞のため演壇上にのぼった時弟の眼に不安をおぼえ、カモシカの猟の時も、その仕留めたカモシカの眼にも弟の眼をだぶらせ、セリエは余計に罪悪感に苛まれ、ついには一人になることや仕事を離れることによる、そして弟の眼による〈無〉を恐れるようになる。
そして戦争が始まった。
セリエは戦地に向かい殺し合いに夢中になるようになるが度々どうしても〈無〉に苛まれる瞬間が訪れ彼は苦悩し続ける。
しかしとある出来事をきっかけに休暇をとり弟のもとへ急遽帰国し、弟にまさに懺悔し許しを得る。
しかし戦争は止まらない。セリエは日本軍のヨノイが指揮していたジャワの捕虜収容所に拘禁され拷問を受けた上での虫の息同然で連行されてくる。
セリエはなぜ戦地に戻ってきたのか。それはたとえ許しを得たとしても既にこのような経歴をもつ以上、身を引き、魂の問題の特権的な解決を求めることなどできないと。
しかしセリエはジャワでの作戦を通じて出会ったキリスト教信者の歌を聞いて次のようにも悟ったともいう。
結局ジャワの作戦は失敗に終わり、セリエは日本軍に捕まり裁判にかけられる。その裁判員の一人がヨノイであった。
ヨノイはセリエに並々ならぬ興味を抱いていた。ヨノイのおかげで処刑されずにすみ、収容所に送られた虫の息のセリエをヨノイは早く治すようにと周囲を巻き込むほどに急き立てる。回復した後のセリエはそんなヨノイに何をするか……。
セリエは収容所の全員が見ている前である人物を処刑しようとするヨノイの前に立ち抱擁し、頬擦りをしたのだ。
完璧な戦士だったはずのヨノイはあろうことか敵味方の前で決定的な屈辱を受けたのだ。
そしてセリエは生き埋めの処刑を受ける。弟が歌っていた美しい歌を口ずさみながら。
ヨノイは死にかけのセリエの髪の毛の一部を切り、神社に自作の詩とともに奉納する。
正直キリスト教の知識に無知な自分には理解しにくいところもあったが、セリエの罪悪感というのは自分にも似たようなものがあるし、セリエの弟の境遇にも共感できた。
セリエが弟に対してやった行為はどうしても許されないことだ。読んでいてなんて酷い人間だと思っていたがしかし読み進むにつれてだんだんなんて哀れな人間に思えてきた。
セリエの凄いところは精神を壊さなかった(壊しきれなかった)ところだ。理性と知性をぎりぎりまで保って罪の意識と無意味感に苛まれ悩み続ける。
しかしそれをもっとも哀れんでいたのは他でもない弟であった。弟がセリエに蒔いた種が最後、あの収容所にいた全ての人間に植えつけられたのだ。
第3部 剣と人形
『第3部 剣と人形』ではロレンスが戦地で出会った女性との一回きりの愛そして情事、そして二度と再会することなく終戦を迎えた話が語られる。
しかしロレンスは彼女がどこかで生きのび、自分の子もみごもっていないだろうという確信を持っている。
彼女は〈幸せ〉という考えに驚くぐらい何度も触れていた。
この話がクリスマスの夜にロレンスから語られこの『影の獄にて』という物語は幕を閉じる。
戦場のメリークリスマス
この『影の獄にて』を原作にした映画が、大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(1983)である。
結構自分が思っていた以上に映画は原作をなぞっており、第3部の丸々カットと一部の展開(セリエのカモシカの狩りと戦闘シーンなど)と、セリエがセリアズに名称が変更されていたり、『影の獄にて』の主人公である「わたし」が不在である以外は結構忠実であると私は思った。
あとはエピソードの順番を「編集」し、一本の物語にまとめあげて映画は構成されている。
ハラやヨノイ、セリエ(セリアズ)のイメージも概ねキャストと合っている。
男と男の同性愛の描写は原作より膨らまされているものの、本質的なテーマ、問題提議は変わっていない。
さいごに一言
これほどまでに戦争のなかで人間が生きる上での問題が複雑に絡み合っている小説を読んだことはなかった。
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