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私の体は私だけが住んでいるのではない現実

表紙のイラストは〈nouchi〉さんの作品を引用しました。ありがとうございます。

ヒトが一つの決断をするとき、Aがいいか、Bがいいか、迷う場面は日常茶飯事にあります。昨日も私は二つの選択肢のうち、どちらを選ぼうか、1時間葛藤しました。

Aの私(以下A)「晩御飯を作らなくちゃ」
Bの私(以下B)「一日中肉体労働してくたくただから惣菜でも買ってこよう」
A「いやいや、いつも通りの労働じゃないか、なんでなまけようとするんだ?」
B「今日はむしむしして特別暑くて料理する気にならない」
A「ちょっと休憩して作ればいいじゃない」

こんな感じで1時間、体を休めながら自問自答を繰り返していました。
1時間後、私の心が決断しました。
「市販の総菜は口に合わないこともあるし、ごはん、作ろう!」

AとBの会話は脳内(頭)での独り相撲なのかな。
心の声は心臓部分なのかな。

人は皆、脳という何でもできる優秀な器官をもっているのですが、これが兎に角怠けるのが大好きで、怠け者になろうとあれやこれや理屈を見つけて心を誘導している気がします。
人には人生の節目と言われるような決断が何度か訪れますが、そんな大それたものではない、ちょっとした小さな決断は毎日あります。私は根が怠け者だからついついBの誘いに乗ってしまいがちです。

「もっと心を強くしなくっちゃ!」

心を強くする・・・というか、後で後悔しない決断を選べるようになるために大切なのが腸内環境だと思うんです。腸には約1,000種類の100兆個とも、1,000兆個ともいわれている数の細菌が共に住んでいます。これらの細菌がいなければもはや私は私ではない。というか、この世に存在できないと思っています。これらの細菌たちはヒトの食などを通じて健康を左右するのみならず、精神にも影響を及ぼしています。つまり、何かを決断する時に腸内細菌の影響力を無視できないのです。

動物が海から陸に進出する時、腸のバリアが無くなってそれまで別の生き物だった細菌が住みつけるようになりました。それで様々な細菌が共生するようになり、私たちが無意識のうちに時には武器となり、時にはバリアとなって私たちの一生を守ってくれているのだと思います。
今では善玉菌とか悪玉菌とか言われ、分けられていますが、必要があるから腸内に共生してくれているんだと思っています。只、化学での解明が追い付いていないだけかもしれない・・・と。

腸が人の健康や精神に大きな影響を持っているとしたら、ヒト腸内環境を快適にする行動を一生を通じて行い、個の存在はもはや腸内にいる細菌たちを指すのかもしれません。


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