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芥川龍之介の小説「鼻」から考えるSNSの危険性
XやInstagramをはじめとするSNSは、情報収集やコミュニケーションのツールとして、たいへん便利です。
その反面、SNSによって心を痛めてしまう人もいるようです。
僕もSNSを利用している一人ですが、便利だと思う反面、気持ちがザワつくときも時々あります。
たとえば、他人の成功談など、キラキラした投稿を見たとき。
「すごい!自分も頑張ろう!」と前向きになった次の瞬間、今度は別の人格が顔を出し「この人にくらべて自分は何てちっぽけな人間なんだろう……」と落ち込んでしまうのです。
他人と自分を比較することは、向上心をアップさせるという点でプラスの効果があります。
だけど、それによって劣等感が助長されるようであれば、いっそSNSからは距離を置いたほうがいいのかもしれません。
一方、「不幸な他人」「自分より劣っている他人」と比較をして、自尊心や自己肯定感を回復するやり方もあるようです。
「他人の不幸は蜜の味」なんて言葉があります。
これは要するに、他人の不幸と比較することで自分の劣等感を軽減させ、自分の価値を相対的に高める手段です。
「他人の不幸を嬉しがるなんて不謹慎だ」と言われてしまいそうですが、これは脳科学的にも証明されている、人間であれば誰しもが持っている性質だそうです。
人間はこのように、生まれながらに他人の不幸を望む性質を持っているわけですが、脳科学という言葉すらなかった時代に、芥川龍之介は人間が持つこの本質的な行動パターンを「傍観者の利己主義」と名付けました。
小説「鼻」の主人公は、禅智内供という、京都・宇治のお坊さんです。
彼の特徴は、5~6寸(約15~18cm)もある大きな鼻で、彼はそのことに対して強い劣等感を感じ、それによって自尊心を大きく傷つけられていました。
ある日、弟子の僧が知り合いの医者から教わったという「鼻を短くする方法」を携え、内供の元へやってきます。
早速その方法を試してみると、みるみる鼻が小さくなり、普通と変わらないサイズになりました。
「もう誰も笑うものはいないに違いない。」
こう喜んだ内供でしたが、鼻が小さくなったにもかかわらず、周囲の様子がおかしいことに気づきます。
内供とすれ違ったほとんどの人が、話をしても心ここにあらずといった感じで、ただおかしそうな顔で内供の鼻をジロジロと眺めるのです。
中には、以前にも増して笑う者も現れました。
鼻が小さくなって周囲の反応が変わることを期待していた内供でしたが、かえって状況を悪化させてしまったことにショックを受けます。
そして、彼は鼻を短くしたことを後悔し、もとの大きな鼻が恋しくなったのです。
しかし、ある朝に目を覚ましてみると、彼の鼻はもとの大きさに戻っていました。
そして内供は、晴れ晴れとした気持ちで心の中で囁きました。
「もう誰も笑うものはいないに違いない」と。
なぜ鼻が小さくなったのに、内供は笑いものにされたのか?
芥川は、次のように説明しています。
人間の心には互いに矛盾した二つの感情がある。もちろん、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。ところがその人がその不幸を、どうにかして切り抜けることができると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。少し誇張して言えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れてみたいような気にさえなる。そうしていつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意をその人に対して抱くようなことになる。
周囲の人たちは当初、内供の鼻が大きいことを気の毒に思っていた。
だけど、鼻が小さくなったことで「物足りなさ」を感じ、いつの間にか敵意に似た感情を抱くようになったのです。
「サクセスストーリー」は、いつの時代も人気です。
挫折した人間、不幸だった人間が、難局を乗り越え、最後に夢をつかむ。
そんな「英雄」の姿を見て、人々は感動し、自分もそうなりたいと胸を膨らませます。
だけど、これはあくまで物語だから感動するのであって、もし身近な知人や友人の場合、話が変わる可能性があります。
SNSに苦労話や不幸話を持ち込めば、大きな共感を得ることができるかもしれません。
たぶん多くの人が、心から同情し、応援してくれるでしょう。
ですが、その不幸を乗り越えて成功をつかんだとき、まわりの反応はどう変わるか?
もちろん、心からねぎらいの言葉をかけてくれる「真の仲間」もいるでしょう。
だけど、芥川のいう「傍観者の利己主義」によって、成功を妬み、攻撃してくる人間が出てくる可能性があることは、頭の中に入れておいた方がいいのかもしれません。
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