【歴史本の山を崩せ#046】『木戸幸一』川口稔
《戦前戦中の日本政治史に宮中サイドの視点を加えた通史》
戦中期の宮中で政治的にもっとも重要なポジションにあった木戸幸一。
維新の元勲である木戸孝允を大伯父に持つエリート。
彼の『木戸幸一日記』はこの時代の最重要史料のひとつであり、研究者の間ではよく知られているのですが、専門家でもなければあまり知名度は高くない人物でしょう。
内大臣として昭和天皇の側近として仕え、元老・西園寺公望に代わってキングメーカーの役割を果たし泥沼の日中戦争から、対米開戦へと向かう日本のリーダーを選ぶというポジションにあった超重要人物です。
そんな木戸のはじめての本格的な評伝という売り込みの新書です。
実際に読んでみると、近衛文麿や陸軍軍人の武藤章の記述にも大きなウェイトが置かれています。
木戸を能動的な主人公として据えたものというよりは、政治家(近衛など)や軍部(武藤など)が描いた戦前・戦中史のラインに対して木戸はどのような立場・態度をとったかというような感じです。
それでも宮中サイドから見た戦前・戦中史という視点は十分に面白いものであることは間違いありません。
その点で木戸幸一という主人公を設定したのはよかったと思います。
木戸はクセの強いキャラクターではありますが、彼が宮中で大きな存在であったことは事実です。
そんな彼は西園寺と徐々に距離を取ることとなり、近衛とは協調し、なぜ陸軍の武藤と親和性を持ったのか。
単純に語れない戦前戦中史の複雑な大日本帝国政治の実態が見え隠れする。
本書で特に残念なのは終戦で擱筆してしまっており、木戸が重大な役割を演じた東京裁判については全くといってよいほど触れられていないということです。
これは紙幅の都合とされていますが、木戸の本格的評伝を標榜するのであれば近衛や武藤の記述をもう少し抑えて、東京裁判で彼が何を弁明し、判決に与えた影響についても書いて欲しかったところですね。
新書としては大部400ページ近いボリュームがあるのでなおのところ…
著者は同じく文春新書で武藤章の評伝も出しています。
木戸の評伝でかなり力を入れて書かれていた武藤の動向。
この陸軍きっての秀才も評伝がなかなかない人物。
こちらもいつか読んでみたいと思います。
『木戸幸一』
著者:川口稔
出版:文藝春秋(文春新書)
初版:2020年
本体:1,200円+税