【孟子見参#001】利益よりも大事なもの(梁恵王篇①)
意訳
孟子が梁の恵王と会見した。恵王は問う。
「あなた様は千里の道も遠しとなさらず、わざわざお越しになられた。きっと我が国にとって利益となるような方策をお授けいただけることでしょうね」
孟子は答える。
「王よ、なぜ利益ばかりを求められるのか? 一番大事なのは仁義ですぞ。王が自分の国の利益ばかりを考えていれば、大臣は自分の家の利益ばかりを考えるようになり、庶民は自分たちの身の利益ばかりを考えるようになる。上から下まで自分の利益ばかりを考えるようになってしまったら国は危うくなります。
万乗の国(戦車一万台を動員できるような経済力を持っているという大国の比喩)の君主を殺すのは、千乗の録を得ているような重臣です。千乗の国の君主を殺すのは、百乗の録を得ているような重臣です。万乗の国で千乗の録を貰う、千乗の国で百乗の録を貰うということは決して安くないどころか、十分すぎる待遇を得ているというのに! それでも彼らが満足せず、君主を殺して根こそぎ奪ってやろうと考えてしまうのは自分の利益ばかりを第一に考えるようになってしまった結果です。
昔から仁を大事にして親を棄て去った者はおらず、義を大切にして君主を蔑ろにした者はおりません。王よ、利益よりも仁義を求められるようになさいませ。利益など必ずしも求める必要はないのです!」
解説・雑談
孟子の劈頭を飾る篇。かりにも王を名乗る一国の領主相手に「いや、貴方の言っていることは間違っています!」と言ってのける。仁義を第一にせよという孟子思想の主題もいきなり出てくる。開幕からアクセル全開です。雄弁家で鳴る孟子の面目躍如たる内容になっています。
彼が活躍した時代は戦国時代(権謀術数・外交を著した『戦国策』という書物が取り扱っている時代からこう呼ばれるようになりました)と呼ばれ、強国が弱国を征伐・併合している時代でした。
社会情勢としては滅ぼされた国からは大量の浪人が発生する。残っている国も滅ぼされないように必死になる。太平、平和とはほど遠い社会です。
それまでの道徳や倫理よりも実力がモノをいう時代。「こうあるべきである」という絶対的な価値観が失われたことが、かえって自由な思想活動を可能とした結果、様々な思想が花開くことになります。弱肉強食の時代は、太平と引き換えに様々な思想家たちが生まれる土壌を育みました。後世、諸子百家・百花斉放の時代と称されたこの時代は、中国思想史における黄金時代です。秦による統一と思想統制、続く漢王朝による安定的な政権の確立によって、活動の土壌を失った諸子百家の時代は終焉を迎えることになります。
さて、生き残りのためのアイデアを求める諸侯と、「自分のアイデアで国を変えてやろう」という意気込みを持ち立身出世を目指す人士との利害が交錯する。少しでも有益な助言が欲しい諸侯と、自らを売り込む思想家。まさにこの篇の恵王と孟子の対話はまさにそんな時代背景を色濃く反映しています。
ところで仁や義といった徳目で弱肉強食の世の中を生き延びることができるのでしょうか? いきなり王に向かって「あなたの言っていることは間違っています!!」と言い放った雄弁なる男の運命やいかに?
我らが孟子の挑戦がはじまります。