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【歴史本の山を崩せ#026】『趙紫陽極秘回顧録』趙紫陽

《改革開放、そして六・四天安門事件について語った貴重な証言》

趙紫陽は胡耀邦とともに、鄧小平の懐刀として改革開放を推進しました。
国務院総理…その後、失脚した胡耀邦に代わる総書記として、経済政策を主幹。
六・四天安門事件によって政治生命を失い、2005年に死去するまで16年もの間、軟禁状態に置かれた人物です。

毛沢東以来、中国で公式の場での正装といえば人民服でしたが、背広にネクタイという洋装を本格的に採り入れ始めたのが、趙紫陽が首脳の時期でした。
欧米先進国と対等の土俵に上がることをアピールする政治的な「衣替え」でもありましたが、そのことを記者に聞かれると趙紫陽は上着を開いて襟の裏にある「メイド・イン・チャイナ」の文字をにこやかに見せたといいます。
経済改革はもちろん、政治改革にも理解を示し、中華人民共和国史上、屈指の開明的な政治家といえます。

この回顧録は趙紫陽が軟禁生活の厳しい監視を搔い潜って、残した三十数時間にも及ぶ口述の録音テープを編集したものです。
政治生命を失ったものの、民衆に人気があった趙紫陽の扱いは中国政府にとって非常にデリケートな問題でした。
彼の証言が公にされることの政治的なインパクトは非常に大きく、中国本土では発禁となっています。

その内容は、当事者だからこそ知りえたこと、語りえたこと。
六・四天安門事件について書かれたものは、鎮圧された側や外部からの取材・調査によるものばかり。
市民の運動を軍の銃によって鎮圧した側にあった人間の証言は極めて稀です。
(もっとも当の趙紫陽自身は軍による鎮圧に反対し続け、そのことが失脚の大きな一因となっています)

全体として、改革を推進しようとする趙紫陽と、それに抵抗する保守派との政治的な鍔迫り合いが赤裸々に語られています。
そこから浮かび上がる中国共産党という組織が持っているリアルな政治と、イデオロギーによって繰り返される政争の姿は、日本の政治世界とはまったく異質のものだということがわかります。
政治家としての生涯を共産党員として捧げた趙紫陽が、政治的な敗北と軟禁生活の下で中国政治を回顧し、最終的には西側の民主主義を高く評価するということの意味は重い。
改革開放をすすめた鄧小平は経済改革だけではなく、政治改革も支持していました。
ところが、実態は六・四天安門事件が示した通り。
鄧小平のいう政治改革は民主化ではなく、中国共産党の一党独裁体制を盤石のものとするための政治システムの改革…行政改革のことであったという趙紫陽の分析は説得力があります。

この本からは趙紫陽が彼をとりまく政敵、政友らに対して、どのような感情を抱いていたのかを読み取ることもできます。
彼の前に立ちはだかった李鵬、鄧力群らの保守派に対しては激しい敵意を持っていた。
しかし、保守派の長老であった陳雲に対しては尊敬の念を持っていたこと。
コンビとして語られることが多い、胡耀邦に対しての証言は意外なほどに淡白であることなど。

当人だからこそ語れること、オーラルヒストリーの重要さを感じさせられます。
一歩間違えば、闇に葬られてしまっていたかもしれない貴重な時代の証言録です。

『趙紫陽極秘回想録』
著者:趙紫陽
出版:光文社未来ライブラリー
初版:2022年(邦訳オリジナル版2010年)
定価:各1,000円+税

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