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ベトナムでの麻薬中毒者更生施設の設計活動をとおして ー「まだない」ものをつくる

派手なマンション開発やリゾート開発が溢れかえる狂乱の中で、アジア全体で社会の問題にたいして足元を見つめなおすようなプロジェクトがますます必要になってくるのではないかと思っている。
今回は2年前から現在進行形で取組んでいる麻薬中毒者更生施設の設計活動について現在までのことを書きたい。現在進行形のプロジェクトでもあり、また忙しさにかまけて機を逸していたが、福祉活動を取り扱う世界的な雑誌が主催するHOPE AWARDSという賞で大賞をいただいたので、これを機にすこし書き留めておかなければいけないと思った。

ベトナムにおける麻薬中毒者更正施設
麻薬中毒者更生施設はというのは「福祉施設」であり「教育訓練施設」である。薬物汚染された肉体を汚染から開放するための福祉施設であり、退所後の社会復帰のために教育、訓練が施される施設でもある。
この2つのプログラムを実現できている事例はまだベトナムにはなく、予算も限られていたので海外の先進的な事例を見に行くこともできなかった。しかし、このプログラムにたいして真摯に向きあう運営者とともに丁寧に計画を行った。このことが今回の賞につながったと思う。

現在、ベトナムの公営の更正施設は薬物での治療がメインである。それに疑問を感じた。既存の更正施設はあまりに暗く閉じていて、薬物で一時的に症状が緩和されても外に出てもまた施設の外の暗い世界に戻り、そして薬物にすぐに手を出してしまう。あかるい自然の中で、社会復帰のための教育や職業訓練に身体を動かしながら、ゆっくりと更正の道をたどる、というプログラムを考案し実践するための施設をめざした。


敷地はハノイから高速道路を利用して車で1時間ほどの山間にある。はじめて訪れたときには小さな掘立小屋があり、数人の更正生活がはじまっていた。決して不衛生ではないが、決して更正のためによいとはいえないその環境にたいして、なにかアドバイスをもらえないか、というところからプロジェクトがはじまった。
まずマスタープランをつくり、運営側と設計側が何度も議論を重ねた。我々には教育施設の設計経験はあったが、麻薬中毒者更正施設の設計経験はなかった。運営側もはじめてだったが彼らの熱意に大きく助けられた。

「まだない」ものをつくるプロジェクト
私が現在住んでいて、このプロジェクトのロケーションでもあるベトナムは、日本に住んでいる日本人から見ると、「いろいろなものがない国」である。例えば、ベトナムに住み始めた最初のころに仕事で「再開発」の話になったけど、まだベトナムにはその言葉がない。言葉どころかその思想もないから「Redevelopement」といっても誰も理解ができなかった。まだ一つ目の開発を行っている真っ只中の国である。
「麻薬中毒者更正施設という概念はあったし、国が運営するものがあるがどうもうまくいっていない。」そう感じていたのは運営者のリーダーのTrung牧師で、彼はもともと自分自身が麻薬中毒者という経歴を持つ。誰もが先進的な事例など実際には見たことがない中で、このセンターは「まだないもの」をつくるプロジェクトとなった。

「まだない」からできること
ベトナムは現在、派手なマンション開発やリゾート開発が溢れかえる狂乱の中にいる。その一方で福祉やアジア全体で社会の問題にたいして足元を見つめなおすようなプロジェクトがますます必要になってくるのではないかと思っている。安易に海外のものをまるのままコピーしたり輸入したりせずに、
ベトナムには「まだない」ものがおおいが、だからこそ既存のものに縛られずに考えられるというよさがある。このプロジェクトではひとつひとつプログラムとの整合性が求められたし、現在も常にアップデートされている。この過程から得た福祉や教育訓練にたいする知見は聞きかじりではなく、議論と実践から生まれたもので我々にとって貴重な財産となった。今後、麻薬中毒者以外の福祉施設や教育訓練施設にも適用できると思うし、ベトナム以外の国でも応用できると思う。
安易に海外のものをまるのままコピーしたり輸入したりせずに、「まだない」チャンスを大きく生かして設計を続けていきたい。

Work lounge 03-Vietnam 代表取締役 ベトナム、ハノイ在住。ベトナムをはじめとする東南アジアと日本で​建築設計、マスタープランをしています​。 http://www.03-x.vn/