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ポンコツ新卒のとある一日

初めて有給申請をした。

来週木曜の午後、13時から18時の範囲をカーソルで指定し、ドキドキしながら申請のボタンをクリック。少ししてOutlookに有給許可のメールが届いて、あっけなく有給童貞を捨てた。

有給の理由の欄には「家庭の都合」と記入した。
上司から理由を聞かれたら「母が東京に観光に来るからです」とでも嘘をつくつもりで、上手くいけば ”家族想いの好青年” という評価も得られるかもしれないとほくそ笑む。

ちなみに本当の理由は女の子とデートするから。
女の子が火曜日しか休みをとれなかったのです。

ろくに仕事もしていない、入社してたった数か月の新入社員がド平日に有給を取るということ。同期との出世コース競走をいの一番に離脱して、窓際まで一直線にダッシュしているような気がしてならない。

やけに日当たりのいい窓際の特等席を見ると、大きな欠伸をしているオッサンの姿が瞳に映って、僕は思わず目をそらす。

まあバレなければいいか、自身を落ち着かせて目の前のパソコンに集中する。今週中に提出するExcel資料の続きをしないと...…関数をぽちぽちしているうちに脳内ではデートコースを思い描いている。


ちなみにデートの候補は5つまで絞った。
今のところ最有力候補は " 浅草街ブラデート"

かき氷をシャクシャク食べながら、人通りの少ないお寺の通りを冷やかしたりする。お寺を拝観したその足で花やしきに行くという導線もある。観覧車で告白というベタな演出ができるのもいいのです。


「おい、そろそろ会議始まるぞ」

気が付いたら会議の時間が近づいていて、僕は椅子から慌てて飛び跳ねて先輩の後を追う。





昼休み、花やしきに観覧車がないことを知って愕然しているさなか、スマホが女の子からのメッセージを受信した。確か僕が浅草に行くことを提案しているところで会話が途切れているはずだった。


『暑すぎるからあまり外に出たくないかな!』


僕は再び愕然とする。
5つあった候補が全部無くなってしまった。

野球観戦デートも横浜中華街デートも立ち消えた。特に浅草と最後まで競っていた "逗子で色々するデート" が無くなったのは辛い。自分で言うのもアレだけどなかなかよいプランだった。逗子という街を包み込むゆるくオシャレな雰囲気を、まるで僕が醸し出しているかのように錯覚させる作戦だった。

気温を確認すると、13時時点で30℃を優に超えている。そりゃ誰も日中出たくないわと納得する。いや納得している暇はない。代わりに何するか考えないと..…

屋内の….…デート……

涼しい場所……水族館……いや...…水族館しかないだろ…

どんなに考えても水族館しか出てこない。自分の発想が貧困すぎるのか? 隣の席の先輩に「屋内デートってどこですかね」と聞くと「水族館しかなくね?」との答えが返ってくる。良かった。世の中に屋内デートの選択肢は水族館しかないらしい。


「火曜にデートでもすんの?」

ドキリとする。スマホから思わず顔をあげると、先輩はニヤニヤと笑っていた。分からない。この笑いは単にゴシップが好きなことを意味しているのか、それとも出世レースを飛び降りんとする僕をあざ笑ってるのか、分からない。

緊張のあまり脇汗が横腹まで垂れ落ちる。

僕は汗を拭きとりながら、とりあえず誤魔化そうと「なはは」と笑った。先輩は力なく笑う僕を見ながら一層にやにや、もはやニタニタしながらスマホに視線を落とした。


こりゃバレたな。
マイナビ2024に登録する必要が出てきた。

先輩はきっと次の飲み会あたりで言うだろう。『アイツ有給使って女の子とデートするんですよ』僕は弁当箱を開く。箸が重い。冷食はマズい。アメフト部の先輩が朝礼で出会い系やってる事を晒されたエピソードを最悪のタイミングで思い出す。

入社たった数か月で女の子に会いに有給を取る、朝青竜に顔が似たポンコツの新卒。

”モンゴルポンコツ” と陰で呼ばれ始めるのも時間の問題かもしれない。





「すみだ水族館なんかいいんじゃない?」

横を振り向くと、先輩がスマホを僕の方に向けている。先輩が彼女らしき人物と、水槽を背にして自撮りしてる写真。先輩の胸元はチェーンネックレスが。彼女とのペアネックレスだろうか。

先…輩…

ペンギンとツーショットを撮る先輩。胸いっぱいにラルフローレンのロゴが入った赤のポロシャツに、サコッシュのバックがふんわりと揺れている。胸にはネックレス。先輩の服装にしか目がいかない。
全体的に服装の主張が強すぎる。


「スカイツリーあるし、夕暮れをてっぺんから見たら凄く素敵なんじゃないかな」

先輩が写真をスクロールする 。
水平線にしずむ夕焼け、頬がオレンジにさす女性に、かすかに灯り出す眼科のビル群とラルフローレンの2番の文字。

頑張って来いよと先輩は優しく笑う。良かった、応援してくれてるみたいだ。僕は安堵して「ありがとうございます、てか先輩の私服ダサいですね」と思わず口を滑らせる。先輩は笑いながら拳を握り、肩に右ストレートを叩き込もうとしてくる。

僕はそれを颯爽と避けながら、『 魚とかお好きだったりしますか?』と彼女へメッセージを打ち込んだ。





僕と女の子のデートがいかなる展開を見せたのか、それはこの話の趣旨から逸脱する。したがって、その後の嬉しいような恥ずかしいような顛末を書くことは差し控えたい。読んでくださる皆さんも、そんな他人の恋路を読んで、貴重な時間をどぶに捨てたくはないだろう。



成就した恋ほど語るに値しないものはない。

読んでいただき本当に本当にありがとうございます! サポートしようかな、と思っていただいたお気持ちだけで十分すぎるほど嬉しいです。いつか是非お礼をさせてください!