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親父とミニバン、時々セダン。


街中で、ふと目に入ってくる車。トヨタのエスティマという大型のミニバン。俺が産まれたときから親父はこのミニバンに乗っていた。

教師として生徒を県外への遠征に引率することが多かった親父は、生徒がたくさん入るミニバンサイズが丁度良かったんだろう。

俺の成長と共に、親父は初代のエスティマ、そしてハイブリットのエスティマの二台に乗り継いだ。実際は俺が産まれるより前から乗ってるから、もう同じ車種に乗り続けて30年以上になると思う。


親父がエスティマを運転する姿を、そして運転する大きな背中を、後部座席からずっとずっと見てきた。

そのせいか、街中で同じ車種を見ると「親父が運転してるんじゃないか?」とごく自然に思うようになっていた。小さな街だからか、事実3回に1回くらいの割合で、親父がハンドルを握っていた。

大学進学のために上京しても、エスティマを見ると親父と見紛う癖が続いた。地元と比べて道が狭く、そもそもミニバンに乗る人が少ない。

だからこそ珍しくエスティマを見かけると、なんだか妙に胸が高まり、絶対にいるはずもないのに、「親父が横浜に来てるんだろうか」とついつい考えてしまった。そしてすぐ、「そんなわけないか」と一人で笑った。




二年くらい前だろうか、親父は還暦を迎えた。しかし退職をすることはなく、決められた時間だけ生徒たちに授業を教えるような、いわば時間講師の道を選んだ。


今まで土日祝日はあってないようなもので、常にどこかしらの遠征に出かけていた親父も、今や授業が無い日は庭の手入れをしたり、家の掃除なんかに精を出している。

親父は「退職金を使ってやりたいことがある」と言って、まず初めに家の浴室を改築し、風呂の浴槽を大きくした。

今までの浴槽はだいぶ狭く、基本体育座りでないと入れない程の狭さ。お風呂に入ることが大好きだった親父は、「とにかく足を伸ばしてお風呂に入りたい!」とのことで、以前の二倍くらいの広さにした。体の大きな俺でも悠々と入れるほどだ。


そしてもう一つ、親父は退職金を使って車を買い替えた。ミニバンのエスティマから、同じくトヨタのセダン、クラウンという車種にした。

ミニバンからセダンになったことから、車の大きさはだいぶ小さくなり、同乗できる人数も減った。子どもが大きくなり、家族でどこかに出かける数も減ったことも理由にあるだろう。


母曰く、実はハーレーも欲しかったそうだ。「ハーレーってあのバイクの?」と聞くと母は頷いた。独身時代からハーレーに乗りたいと思っていたらしい。俺は驚いた。親父の口からバイクが好きだと一度も聞いたことが無い。しかもハーレー。なんてアメリカンなバイクを。


でもその話を聞いて、親父が教師として生きていくために、父親として生きていくために、犠牲にしてきたことの1つなんだろうなと思った。親父の人生が少しだけ垣間見えたように感じた。




今回の年末の帰省で、親父のクラウンを運転する機会があった。飲み会に迎えに来て欲しいと連絡があり、十数キロ、30分程度の道のりを運転して、親父を助手席に乗せた。

親父はべろんべろんに酔っぱらっていて、何回も同じ話をループし、黙ったかと思うと、「どうだ?クラウンの運転は」としきり尋ねてきた。

俺は親父の車をぶつけたりしたらシャレにならないと、内心びくびくしながら運転していたから、しきりに「どうだ?」と助手席から訪ねてくる親父に若干イラつきつつ、「運転しやすいね」と愛想を述べた。緊張で運転のしやすさなんて全く分かっていなかった。

親父は満足そうに頷いて、数分してから「どうだ?」とまた聞いてきた。面倒くさくて「いい車だね」ともう一度愛想を言う。「いい車だろ?」と親父は繰り返し、満足そうに頷いた。そして眠いのか、ゆっくりと目をつぶった。


後部座席から見る父親の背中はあんなに大きかったのに、助手席に座って目をつむる親父は姿はどことなく小さく見える。大きく見えていたのは、決して俺が小さかったからじゃなくて、生徒たちを、そして家族の命を預かる親父の「責任」だったんだろうな、なんて思いながら運転した。


無事に家まで送り届けた翌朝、昨夜あんなに聞いてきたのにもかかわらず、親父は「クラウンの運転はどうだった?」と聞いてきて、流石にしつこくて笑った。笑いながら「良かったよ」と親父に言うと、親父は満足そうに大きく頷いた。



親父が「じゃあ行ってくる」と言い、クラウンに乗り込む。たかがそこのコンビニに行くのにわざわざ車に乗らなくても、そう思いながら見送った。でもクラウンに乗り込む親父の姿が、どことなく嬉しそうで、俺もなんだか嬉しい。


教師として駆け抜けてきた四十年間、父親として生きてきた30年間。共に走り続けてきたエスティマ、お疲れ様。大きな事故なく走り続けてきてくれて本当にありがとう。


そしてクラウン、これから親父をよろしく頼む。車間距離が近い節がある親父の運転を諫めつつ、走る喜びを感じさせてあげてほしい。安全運転でいつまでもいつまでも傍にいてあげてほしい。


クラウン、親父をこれからもよろしく頼むよ。

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