ボクにとってオリンピックは


ボクにとってオリンピックは、5年前のリオのオリンピックになる。リオ以前の五輪の記憶はきれいさっぱりないから、今回のオリンピックで実質人生で二回目だ。

5年前、高校三年生だったボクは、オリンピックの開催されている時はまだギリギリ部活をしていたように思う。高3の夏なんか、もうめちゃめちゃに受験勉強の時期だ。でもおそらく”最後の夏”という言葉と”大学受験”という言葉のせめぎ合いの中で、”最後の夏”に軍配が上がっていた。

「だって大学はいつでもいけるけど、17才の夏は二度とこないしね」

なんて生意気なボクを後押ししていたのは、日本から遠く離れた地の熱狂のように思う。ブラジルというなんだか楽観的でお祭り好きな国民性が、テレビを伝ってボクにも影響した、といえばそれは言い訳じみているだろうか。


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ルールも競技性も分からないほうがかえって先入観がないぶん面白く映る、ということが往々にしてある。あなたも深夜のツールドフランスをじっと見てしまったという経験はないだろうか。なんだかわけのわからない競技に真剣になっている人がいる。世界はまだまだ知らないことばかりだ。謎の知的好奇心をくすぐられるといった具合に。


5年前の夏、ボクの目にもウェイトリフティングはそう映った。

自分の体重の倍もあるような重量を、仁王立ちで頭上に掲げる。ルールも判定方法も分からないけど、気が付いたら画面から目を離せなかった。

気になった選手がいた。タイの女性選手。年齢は20歳そこら。彼女はリングに上がる前に「「 ワイっっ!!!!! 」」と高い声で叫んだ。その声量は閑散とした予選会場に響き渡った。その掛け声に相当な覚悟を感じたが、でもワイっっ!!!は正直なんだか少し面白くて笑った。競技の面白さと掛け声の面白さが入り混じった、なんとも不思議な感慨にひたっていたら、友達との待ち合わせの時間に遅刻している。


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友達たちも10分くらい遅れて待ち合わせの公園にやってきた。自分を棚に置いて「なんで遅れたの?」と聞くと、その1人が大きく息を吸って

「「 ワイっっ!!!!! 」」

と叫んで少しはにかんだ。ボクと同じく謎のウェイトリフターに目を離せなかったんだろう。ボクもウェイトリフティングのフィニッシュポーズでそれに応えた。

「ウェイトリフティングの予選会場ガラガラだったし、絶対一緒に見に行こうぜ! 約束な!」なんて言いながら、実際は倍率が凄すぎてチケットなんて一枚も取ることが出来ないとも知らずに、ボクたちは公園でバスケをしながら四年後のオリンピックに想いを馳せていた。

オリンピックから大学生活、受験勉強や恋愛話に話は移ろい、気づけば綺麗な夕焼けが頬を紅く染めた。ひぐらしの鳴き声もなんだか耳に残る。

「また学校で」

誰が言ったともなくボクたちは解散した。


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ボクたちは一年後東京や横浜の大学に進学し、それぞれの道を歩みだす。新しい環境下で生活するにつれ、関係性はいつのまにか「高校の時の友達」という枠組みに収まり、年に数回程度しか会わないようになる。それでも毎年年始に一緒に見に行っていた初日の出も、今年は帰省が叶わず無くなってしまった。

そして今、待ちに待った東京オリンピックが開催され、連日テレビでは日本人選手の活躍を報じている。その活躍は本当に喜ばしい限りだ。でもなんだか、なんだか心が揺れ動いていない。おそらくボクの心は、いまだ5年前に取り残されているのだろう。


ウェイトリフティングの予選会場で、目の前で行われる迫力に思わず手に汗を握り、テレビなんかとは迫力が違うなあ、なんて興奮しながら、響き渡るあの掛け声にボクたちはやっぱり少し笑っている。



あの夏に思い描いてしまったifの世界線を、どうしても忘れ去ることが出来ない。

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