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Books, Life, Diversity #7

今回は美術関係を中心に。

「新刊本」#7

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谷口亜沙子『ルネ・ドーマル―根源的な体験』水声社、2019年

先に紹介した『類推の山』の作者、ルネ・ドーマルに関する評論です。著者の谷口氏はフランス文学の研究者で、ドーマルの『大いなる酒宴』(風涛社。表紙が美しい!)を訳してもいる方です。私はシュルレアリスムが好きで、つらつらと目に留まる本を入手しているうちに『類推の山』に出会いました。谷口氏も指摘しているように『類推の山』のあとがきではきちんと説明がなされているのですが、私のような経路を辿ってドーマルを知った場合、やはりドーマルをシュルレアリスムの歴史の一部として位置づけてしまう可能性があります。この本では「ドーマルをできるだけシュルレアリスムの文脈から引き離し、なるべく別の補助線を引き、なるべく別の回路をなるべく数多く開」きつつ、「まずはドーマルの探究が、シュルレアリスムよりもはるかに古く、はるかに伝統的で、はるかに普遍的な「なにか」へと向かうものであったこと」(p.21)を描いていきます。私もまだ読み終えてはいないのですが、ドーマル愛を感じられるとても良い書ですし、ドーマル自身もっと知られてほしい人物なので、こういった本が出版されるのは本当に良いことだなあと思います。なお装丁はこれも先に紹介した宗利淳一氏。ジョゼフ・シマの絵画を配した美しいデザインです。

「表紙の美しい本」#7

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ヴァレリー、ブルトン、エリュアール『思考の表裏』堀口大學訳、閏月社、2011年

装丁(造本)は李舟行氏。極めて独特な作りの本で、ヴァレリーによる『文学』と、その後に発表されたブルトン、エリュアールによる『ポエジイに関するノオト』とを左右のページに並記しつつ、「或る一つの思考の裏側もまた立派な思考」(p.4)であることを示していくという、スリリングな試みです。右ページの『文学』は縦書き、左ページの『ポエジイに関するノオト』は横書き、そしてそれぞれのページ内では本文を囲むようにしてページ数やブルトンたちの名が円環に配されています。

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本書は1943年に臼井書房から出版されたものの復刊とのこと。それもいつかは入手したいですが、シュルレアリスムが好きな方であれば、この閏月社版は本当に美しく完成されたデザインですので、とてもお勧めです。

「読んでほしい本」#7

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ブルトン『シュルレアリスム宣言 溶ける魚』巖谷國士訳、岩波文庫、1992年(2刷)

美術史に留まらない大きな影響を残したシュルレアリスムですが、無数にあるそれに関連した作品群(絵画、映画、詩、小説、評論……)のなかで、私がもっとも好きなのがこのシュルレアリスム宣言です。翻訳は三種類持っています。本書の他には『シュールレアリスム宣言』(稲田三吉訳、現代思潮社、1964年(4刷))と『シュールレアリスム宣言集』(森本和夫訳、現代思潮社、1999年(8刷))。どちらもそれぞれに良い本なのですが、個人的にはこの岩波文庫の巖谷版がいちばん好き。ちょっと、最後のセンテンスを並べてみましょう。

今年の夏、バラは青い色をしている。森は、ガラスでできている。緑のなかに敷きつめられた大地は、幽霊と同じように、ほとんど私に印象をあたえない。生きることも、生きるのをやめることも、ともに想像の中でだけの解決にすぎない。生活は、もっと別なところにあるのだ。(稲田版)
この夏、薔薇は青く、森はガラスである。緑の衣につつまれた大地は、わずか幽霊ほどの印象をしか私に与えない。生活するとか、生活するのをやめるとかいうことは、まさに仮想の解決である。実存〔人生〕というものは、もっと別のところにあるのだ。(森本訳)
この夏、薔薇は青い。森、それはガラスである。緑の衣におおわれた大地も、私には幽霊ほどのかすかな印象しかあたえない。生きること、生きるのをやめることは、想像のなかの解決だ。生はべつのところにある。(巖谷版)

私はフランス語も分かりませんし、美術史は完全な門外漢なので、結局、自分の感覚的にどれが良いかということでしかないのですが、それでも巖谷版の言葉の鋭利さ、硬質さには、根源的なところで魂が怖れるべき何かが表されているように感じるのです。生は別のところにある。それは私たちがいま生きていると思い込んでいるこの生から、一切の虚飾を剥ぎ取ります。ではいったい、本当の生はどこにあるのでしょうか。ブルトンから「敵をつくる生き方を教わった」という生田耕作の言葉を思い出します。本当の生という問いは、常に敵を作り、戦い続けるなかでしか抱き続けることのできないものでしょう。こういう美の在り方が難しくなってしまった現代だからこそ、改めて読んでほしい一冊です。

そんなこんなで、また次回。

この一連の記事では、出版支援として以下のプロジェクト/情報へのリンクを毎回貼らせていただきます。


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