見出し画像

Books, Life, Diversity #14

独立系の小規模な書店で本を買うことの楽しさの一つは、その店主さんの知識やセンスに多く学ぶことができる点にあると思います。それはAmazonでの注文では経験できない、得難いものですよね。残念ながら私は極度のコミュニケーション下手なので、なかなか、店主さんとお話ししつつお勧めを教えていただいたりということができるわけでもないのですが……。というわけで第14回です。

「新刊本」#14

画像1

グレゴワール・シャマユー『ドローンの哲学 遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争』渡名喜庸哲訳、明石書店、2018年

再び2018年発刊のものを紹介してしまいますが、後述の『ドローンランド』と合わせてここで紹介してしまいます。ドローンが導入されることによって戦争がどのように変化していくのかを分析した本というと、ピーター・W・シンガーの『ロボット兵士の戦争』(小林由香利訳、NHK出版、2010年)があります。これも良い本ですが、10年前のものであるために技術的には少し古くなっているということがあります。ただ、『ドローンの哲学』と比べるとより一般向けに書かれていますので、それぞれの興味で選ぶと良いと思います。『ドローンの哲学』も一般向けの書でありとても読みやすいのですが、ドローンが社会や人間に対して与える影響をより根本的に分析しています(たとえばドローンを操作する兵士たちの精神的病理についての言及は『ロボット兵士の戦争』よりもはるかに精緻です)。ドローンが戦争に投入されることによって、戦術的、戦略的、あるいは技術的な変化が起きるだけではなく、戦争、戦場という概念そのものが変わります。そこでは自国の兵士は安全なまま敵の脅威を排除することが可能であり(可能だとされており)、それゆえそれは有徳であるとさえ主張されますが、シャマユーは客観的な立場からこれらの主張に対して批判的に分析していきます。端的に言って、ここでは私たちの倫理観そのものが問われているのです。従ってそれは、法の、政治の、国家の、人間観の変容へとつながっていくでしょう。現状、ドローンについて興味のある方には必読の一冊。

なお、ドローンによる遠隔殺害については、ドローンによって爆撃された場所の情報を収集し、その場所の航空写真をSNSを利用して公開するメディアアートである《ドローンスタグラム》をぜひ見てみてください。

《ドローンスタグラム》は、遠くの世界のできごととして知らずに済ませている私たちの眼前に、メディアを通して(メディア越しに操作される)ドローンの生み出す暴力の痕跡を突きつけることで、現実や仮想、そして私たち自身の想像力を問う興味深い試みとなっています。上記サイトにある《ドローンスタグラム》の説明は名文ですので、ぜひお読みください。

「表紙の美しい本」#14

画像2

トム・ヒレンブラント『ドローンランド』赤坂桃子訳、河出書房新社、2016年

SF小説ですが、いわゆるハードSFではなく、近未来、ドローンによる監視が極めて発展した社会における警察ドラマです。主人公はどちらかと言えば古いタイプの刑事で、ある欧州議会の議員の殺人事件を追っていくうちに、背後に隠されていた巨大な陰謀に巻き込まれていき……という、オーソドックスな構成ですが緻密でスリリングな展開で読者をひきつけます。優れた近未来SF小説の条件は、そこに登場する新しい技術が物語世界に自然に溶け込み、取ってつけたようなギミックではなく背景として生かされているかどうかだと私は思います。無数のドローンやカメラによってほとんど完全な監視社会が実現されている『ドローンランド』もまた、私たちが生きている現実の社会と地続きであることを説得力を持って描き出しています。オールドスタイルな、どちらかというとハードボイルドに出てくる私立探偵のような主人公設定もうまく機能していて、ハイテクな監視装置やVRを(相棒のアナリストの力を借りて)使いつつ、根本的には粘り強さと直観によって核心に迫っていく。そういったところも読みどころのひとつです。ユートピアでもディストピアでもなく、ドローンによる監視社会が極限まで日常化した世界とはどういうものか、ミステリーとしての魅力を保ちつつ見事に描いている傑作です。装丁は水戸部功氏。いかにもSF単行本という感じで良いですね。

私はもともと哲学などに関心がなく、物語が好きだったので(大学院で哲学を学ぶようになって、多くの哲学系の研究者があまりにも小説を読んでいないことに驚きました)、自分のメディア論においては、先行研究と同じくらいSF小説からも影響を受けていたりもします。そういったわけで、これからもちょくちょく魅力的なSF小説は紹介できればと思います。

「読んでほしい本」#14

画像3

ケビン・ベイルズ『環境破壊と現代奴隷制 血塗られた大地に隠された真実』大和田英子訳、凱風社、2017年

私たちが手にしているハイテクデバイスが、その製造の過程でどれだけ多くの人びとを奴隷として搾取することによって成立しているのか、その製品を使うことによって、私たちがどれだけ劣悪な環境下での苛酷で低賃金な労働の強制に加担しているのか、さらにはそれらがどれだけ環境破壊につながっているのかを、ベイルズは徹底して暴いていきます。テクノロジーがそもそも人間にとってどのようなものなのかについては、簡単には語ることはできません。けれど少なくとも、私たちがスマートフォンでSNSやらをするときに、それが無条件に、コストゼロで天から与えられたものなどではないということを、私たちはもっと認識するべきです。というと偉そうになってしまって嫌なのですが、私自身、メディア論と倫理を研究している一方で、食べるためにプログラミングを生業としてきたので、自分の研究上の言説を空疎なものとしないためにも、いま自分の手元にあるデバイスがどのようにして造られ、どのようにして届けられたのかを知らなければならないと常に強く思っています。自分が論文を書くそのデバイスが奴隷制の上に造られたものであるのなら、どうして倫理について語ることができるでしょうか。と同時に、やはりそういったデバイスを通してこそ、例えばコンゴにおける児童の奴隷労働を知ることもできるし、そういった、技術中立説などではなく善悪がどろどろと渦を巻くようなリアルを手放さないことが重要なのではないかとも思います。そういった意味で、例えば上記の『ドローンの哲学』は素晴らしい本ですが、それらの議論のまず大前提にあるものとして、本書はお勧めです。

「僕は、親戚だろうが家族だろうが、誰にもこんな仕事をさせたくない」と彼は言った。イブラヒムにとって、自分の人生について語ったり向き合ったりするのは辛いことだが、自分が真実を語っているということにも固執していて、次のように言った。「僕の話は本当のことなんです。もっとひどいことになっている人もいます」このように自分の経験を吐露する語り口に、イブラヒムの心の中に、とても複雑な感情が引き起こされているのではないかと、私は思った。「聴いてもらったうえに、わかってもらえて嬉しいです。でも、こんなことが自分に起きているなんて考えると悲しくなりますし、どうしたらここから抜け出せるのか緒が見つからない。お話した結果、僕は自分が奴隷なんだとはっきりと思いました」イブラヒムの頬を涙が伝った。「お願いがあるんですけど。僕は、誰かに思い出してほしいんです。あなたが僕と話したことを本に書いて出版したら一冊、送ってくれませんか。ほかの人に見せてやりたいんだ。僕がまったくの役立たずっていうわけじゃないことを証明したいんです。僕の人生からも少しは役に立つことが生まれるっていうことを証明したいんです」(p.243-244)

なお、最近の本ではブライアン・マーチャント『ザ・ワン・デバイス iPhoneという奇跡の"生態系"はいかに誕生したか』(倉田幸信訳、ダイヤモンド社、2019年)でも同様の問題が短くですが言及されています。iPhoneユーザにはこちらの方が入りやすいかもしれません。

あと、この本を買ってから気づいたのですが、ベイルズは同じく凱風社から大和田氏の翻訳で『グローバル経済と現代奴隷制』という名著が2002年に出ており、私は2004年に第3版を買っていました(どの書店のどの棚にあったのかもはっきり覚えています。昨晩の夕食が何かさえ思い出せないのに)。本棚に並べてから気づいた……。当時は哲学なんてむかつくぜ、と思っていた頃なのですが、人の思想的な傾向って、変わらないものですね。

この一連の記事では、出版支援として以下のプロジェクト/情報へのリンクを毎回貼らせていただきます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?