Books, Life, Diversity #8
なるべく多様なジャンルから本を紹介していこうと思っているのですが、こうやって改めて眺めてみると、やはり強烈に自分の趣味が入っていることに気づきます。本棚を誰かに見せるのって、楽しいことでもあるけれども、怖いことでもありますよね……。というわけで第8回です。
「新刊本」#8
ロージ・ブライドッティ『ポストヒューマン―新しい人文学に向けて』門林岳史監訳、大貫菜穂他訳、フィルムアート社、2019年
ポストヒューマンという言葉もすでにありふれてしまったいま、しかし人文学からの応答として読むに値する本となるとなかなかありません。ブライドッティによるこの著作はこれからの人文学を考える上で、間違いなく読む価値のある本です。私個人の立場からするとブライドッティは技術に対してあまりに楽観的ですし、彼女が自らのポストヒューマン思想を反ヒューマニズムと呼ぶほどには既存のヒューマニズムから離れたものではないように見える点も不満です。反ヒューマニズムというと誤解を与えるかもしれませんが、フェミニズムの研究者として知られている著者の来歴を反映しているもので、要はこれまで「ヒューマン」として語られてきたものの背景には男性中心主義があるという極めて正当な批判的観点によるものです。そこには完全に同意しますが、そうであるのならポストヒューマンの語りの根源に、彼女自身が書いているように「自然化された他者たちの悪魔的な力」(p.103)をもっと強く据えてほしかったように思います。というと批判的に聞こえてしまいますが、人新世とポストヒューマン思想をひとつの体系にまとめあげる構想は見事ですし、ゾーエー中心主義という関係性の原理も説得力があります。これからのポストヒューマニズムを語る上では欠かせない重要な本です。
「表紙の美しい本」#8
ルディ・ラッカー『思考の道具箱』金子務監訳、大槻有紀子、竹沢攻一、松村俊彦訳、工作舎、1993年
これは「美しい」というよりもむしろ「楽しい」デザイン。工作舎はたくさん面白い本を出していますが、私にとってはまだ大学生だった1990年代、書店がもっとも面白かった時代の象徴のような出版社です。書店の棚にはいまよりもずっと多様な本が並んでいました。無論、いまでも数多くの優れた本が出版されていますが、どちらかというとその多様性は、個人的なもの、小規模なものから構成されているように感じます(あくまで素人の感想です)。それはそれで凄く良いことですが、当時の多様性というのは……何というのかな……もっと巨大な生き物たちがどっかんどっかん暴れているような、そういう祝祭的なパワーがあって……。まあ、ただのノスタルジーかもしれません。いずれにせよ、そのときの書店の棚の情景はいまでも写真のようにくっきり頭に残っています。そこで手に入れた幾冊かの本は散逸してしまい、後になって苦労して再度手に入れたものも、二度と手に入らないものもあります。工作舎の本はそれらのなかでも魅力的でした。ルディ・ラッカー(いまはルーディと表記されるようです)は、SF作家であり数学者でありヘーゲルの曾々々孫でもあるという人物。彼のユニークでユーモラスな語り口は、当時大学で計算機科学を学ぶことに迷いと息苦しさを感じていた私にとっては大きな救いと転換をもたらしてくれましたし、型破りなSFも好きでした(残念ながらいまは大半が絶版ですが、古書で手に入れるのは比較的容易だと思います)。このラッカーと工作舎の組み合わせがまたとても良いのです。本書は内容的にもダニエル・ヒリスの『思考する機械 コンピュータ』(倉骨彰訳、草思社、2000年)に並ぶ名著です。計算機科学に興味があり、この宇宙とは何か、人間とは何か、みたいな大それた疑問を感じてしまった人にはお勧めです。(済みません、肝心の情報を再び記載し忘れてしまいました。表紙の奇妙で可愛いオブジェとイラストレーションは木野鳥乎氏によるものです。)
「読んでほしい本」#8
アラン・シリトー『土曜の夜と日曜の朝』永川玲二訳、新潮文庫、1992年(19刷)
いわゆる「怒れる若者たち」のもっとも正統であり典型であるシリトーによるピカレスクロマンの傑作。工場労働者のアーサーの、良くも悪くも力強くしぶとくへこたれない日常が魅力的に描かれていきます。同じ作者による『長距離走者の孤独』も素晴らしいのですが、こちらの方が断然明るい。アーサーの、若さとふてぶてしさが同居したような性格が、常に前向きな雰囲気を作品に与えています。でもそれは道徳的にお上品ぶった前向きさというのではなく、ひねくれ具合、困惑具合も含めた真向勝負向みたいなもので、それがまた良いんですよね。仕事に、社会に疲れてしまったとき、舐めるんじゃねえぞと手に取っていただきたい一冊です。
さぞ厄介なこったろうな、死ぬまで毎日戦うとすれば。なんだってやつらは兵隊なんかにするんだろう、ただでさえ必死に戦っているおれたちを? 戦う相手はいくらもある、おふくろや女房、家主や職長、ポリ公、軍隊、政府。ここと思えばまたあちらで忙しくてしょうがないうえに、せっせと働いて稼いだり、稼いだやつを吐きだしたり。おれの人生は最後まで毎日きっとごたごたの連続だ。〔中略〕
だけどまあ、つまるところは、いい人生だしいい世界だよ、こっちがへこたれさえしなければ。そして大きな広い世界にまだ挨拶状を出してないことにちゃんと気づいてさえいれば。そうだよ、まだぜんぜん出しやしない、もう遠からず出せるはずだが。
浮きがさっきより激しく揺れ、にやりと笑って彼はリールを巻きはじめた。
そんなこんなで、また次回。
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