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Books, Life, Diversity #31

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Adam Broomberg & Oliver Chanarin, "Spirit is a Bone", London, MACK, 2015.

今回ご紹介する本は、Adam BroombergとOliver Chanarinの二人によるアーティストユニットによる同名の作品を書籍化したものです。彼らのサイト(http://www.broombergchanarin.com/hometest#/spirit/)によれば、この作品では、モスクワで開発された顔認識システムを用いて人びとの顔を撮影し、デジタル的に合成しています。このシステムの最大の特徴は人びとが撮影されているという意識を持たないままに立体的な顔のデータを作ることができることだそうで、共にドイツの芸術家である(私は知らなかったのですが)August SanderとHelmar Lerskiの作品を参照しつつ、現代的なテクノロジーによってほぼ人の手に依らずに被写体になった人びとの肖像画を作り出しています。ちょっと具体的に分かりにくいので、ぜひ上記のサイトで、作品と詳細な説明を御覧になってください。

人間の頭の立体的な構造を踏まえて生成されたこれらのデータは、単なる二次元としての写真を立体に貼りつけたようなものとは異なり、その人自身の固有性を隠しようもなく捉えます。そしてそれ故それは、逆説的に、国家や監視システムによって逃れ難く監視されるという点では一様な国民として、人びとを均質化もするでしょう。そこにあるのはリアルな生を送っているそれぞれに固有な人間の顔(頭蓋骨)であり――しかしその形にはその人の固有の人生が、そして精神が現れるのでしょうか――同時に、単にデジタル的に合成され再現されたデータでしかないものでもあります。あるいはまた、白い背景から断絶し浮遊するそれらの顔は、極めて抽象化され一般化されたデジタルな顔でありつつ、それでも、あるいはだからこそ、そのどこか不自然に歪な合成感を貫いて、生々しい「その人」を突きつけてもくるようです。

この作品には、そういった様ざまに相反し、独立した物事や見方が同時に存在しています。タイトルの"Spirti is a Bone"はヘーゲルですね。平凡社ライブラリー版の『精神現象学』(樫山欽四郎訳)ですと上巻の391ページに「精神の存在が骨である」と訳されています。ヘーゲルの無限判断のお話を含めてこの作品を観てみると――といっても私のヘーゲル理解は極めて怪しいものですが――単純な是非を超えたところにある顔とデジタル化の関係性が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

作品に関する詳しい解説記事がhttps://www.membrana.org/review/the-bone-algorithm-spirit-is-a-bone-by-adam-broomberg-oliver-chanarin/にありますので、これもお勧めです。あと本書の後半には建築家でありゴールドスミスカレッジの教授でもあるEyal Weizmanとの対話"The Bone Cannot Lie"も収録されています。これは上記のオフィシャルサイトからダウンロードできるので、興味がある方はそちらでも。とはいえ、この作品の生々しさは、やはりモニタ越しではなくモノとしての紙に印刷されていないと、なかなかね、とも思います。どうでしょう。難しいですね。

あと、これは誰にでもお勧め、というものでもないのですが、同じくBroomberg & Chanarinの作品"Anniversary of a Revolution"も、私たちに途轍もない恐怖を与える作品です。いまはオフィシャルサイトのトップページに紹介があります。これは、ソビエト連邦時代の映画監督であるDziga Vertov(1896-1954)による1919年の映像作品"одовщина революции"(英訳タイトル"Anniversary of the Revolution")をベースにして、そこに映された人びとにデジタル技術によって棒人間的なアニメーションを重ねた作品です。アニメーションの戯画的な動きは、画面上の人びととはまったく隔絶した、にもかかわらず分かち難くある、悍ましさと生き生きとした狂気、そして謎に満ちた存在の根源的原理を強烈に感じさせます。棒人間の単純さと異様さは、理性では理解できないけれども極めて単純なルールが、存在の向こうに隠されていることを暗示しているようです。私はこの作品をどこかの美術館で観た記憶があるのですが、どこでだったかまったく思い出せません。記憶を捏造しているのかな……。

という訳で、たまには少し毛色の変わった作品のご紹介ということで、"Spirit is a Bone"でした。写真やメディア論、監視社会やデジタル技術と人間の生の関係などに関心がある方にはお勧めです。本を買わなくても、サイトを見るだけでも面白いと思います。あ、そうか、私が関心のあるアーティストについて紹介していく、というのもアリかもしれませんね。

監視・管理と(撮影された)顔については、橋本一経さんの『指紋論―心霊主義から生体認証まで』(青土社、2010)も素晴らしい研究書ですので、これもいずれご紹介したいと思っています。

そんなこんなで、また次回。

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